「鴨南蛮そば」と「チキン南蛮」。
同じ「南蛮」という言葉を使っているのに、片方はネギ、もう片方は甘酢とタルタルソースだ。
この二つ、実はまったく別の由来を持っている。
なぜ同じ漢字が、こんなに違う意味で料理名に居座り続けているのだろうか。
「南蛮」はもともと日本人を指す言葉ではなかった
「南蛮」はもともと、中国の伝統的な世界観「華夷思想」に由来する言葉だった。
自国を世界の中心(華)とし、周辺の異民族を東夷・西戎・南蛮・北狄と呼び分ける発想である。
日本はこの分類法をそのまま輸入し、南方からやって来る者たちを「南蛮」と呼ぶようになった。
鉄砲とキリスト教を運んだ「南蛮人」
1543年、種子島に一隻のポルトガル船が漂着した。
火縄銃を積んだこの船をきっかけに、ポルトガルやスペインの商人・宣教師が次々と来日する。
彼らはマカオやマニラなど東南アジア経由の南方航路でやって来たため、「南蛮人」と呼ばれた。
1549年にはフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、キリスト教も伝わっている。
ちなみに後から北方の海路で来たオランダ人やイギリス人は、髪の色から「紅毛人」と区別された。
南蛮漬けの「南蛮」は油と酢のこと
南蛮人がもたらした調理技術の一つが、油を使う揚げ物と、酢による保存法だった。
それまでの日本料理には、油をふんだんに使う調理法はほとんど存在しなかった。
揚げた魚や肉を、唐辛子と刻みネギを効かせた酢に漬け込む——これが「南蛮漬け」の原型である。
つまりこちらの「南蛮」は、揚げてから酢に漬けるという調理スタイルそのものを指す言葉だ。
鴨南蛮そばの「南蛮」はネギだった
一方、蕎麦屋の「南蛮」はまったく別の理由でこの字を背負っている。
江戸時代、ネギを具に使ったそばやうどんは「南蛮そば」「南蛮うどん」と呼ばれていた。
有力なのは、大坂・難波(なんば)周辺が良質なネギの産地だったことに由来するという説だ。
「難波」の音が転じて「南蛮」の字が当てられた、という言語的なすり替わりが起きたと考えられている。
もう一つ、ネギの強い香りを外国由来の刺激的な風味に重ね合わせた、という説も根強い。
鴨肉と組み合わせた「鴨南蛮」は、この系譜の代表格として今も蕎麦屋の定番であり続けている。
🍗 豆知識
「南蛮」ファミリーには20世紀生まれの新参者もいる。宮崎県延岡市で1950年代、揚げた鶏肉を甘酢にくぐらせる料理が生まれ、これが「チキン南蛮」の原型と伝えられている。後にタルタルソースをかけるスタイルが加わり全国に広まった。揚げてから酢に漬けるという工程は、江戸時代の南蛮漬けの発想をそのまま受け継いでいる。
漢字は同じでも、たどってきた道は違う。
「南蛮」という二文字には、大航海時代の記憶と、江戸の蕎麦屋の言葉遊びが、それぞれ別々に折り重なっている。
📝 まとめ
「南蛮」はもとは中国由来の異民族呼称。南蛮漬け系は「油で揚げて酢に漬ける」調理法由来、鴨南蛮系は「難波のネギ」または「外来風味」由来という説が有力。チキン南蛮はこの南蛮漬けの発想を20世紀に受け継いだ料理と言える。



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