【命名の謎】「はんぺん」はなぜ「はんぺん」なのか——名前が”椅子取りゲーム”のように移動した練り物の謎

料理と言語

「はんぺん」というひらがなの言葉。

実はこれ、最初は今のはんぺんを指す名前ではなかった。

江戸時代より前の文献にすでに登場する「はんぺん」は、まったく別の食べ物を指していた。

その正体を辿ると、日本語の食べ物の名前が玉突き――一つがずれると次々に隣もずれる現象――のようにスライドしていった、意外な歴史が見えてくる。

「駿河の料理人・半平」説には、時代が合わないという弱点がある

はんぺんの名前の由来としてよく知られているのは、江戸時代、駿河国(現在の静岡県)の料理人「半平(はんぺい)」が考案し、その名がそのまま食べ物の名前になった、という説だ。

もう一つ、汁椀の蓋にすり身(魚肉をすりつぶしたペースト)を半分盛って形を作ったので「半片」と呼んだ、という形状由来の説もある。

ところが、この二つの説には共通の弱点がある。

「はんぺん」という言葉自体は、江戸時代よりも前の室町時代末期の文献にすでに登場しているのだ。

室町時代末期の1548年に成立した辞書『運歩色葉集(うんぽいろはしゅう)』や、1580年の料理書『今古調味集』に、その記述が残っている。

💡 豆知識

はんぺんの漢字表記は「半片」「半平」が古く、のちに音だけを借りて当てた「半弁」や、素材にちなむ「鱧餅」という字も使われた。同じ食べ物でも、時代によって当てる漢字が揺れ動いていた。

室町時代の「はんぺん」は、今の「ちくわ」のことだった

では室町時代の「はんぺん」とは何を指していたのか。

実はそれは、現在「ちくわ」と呼ばれている食べ物だった。

竹の棒にすり身を巻きつけて焼いたこの食べ物は、当時「かまぼこ」と呼ばれていた。

さらに時代を遡った1115年の祝宴の記録『類聚雑要抄(るいじゅうざつようしょう)』には、水辺に群生する「蒲の穂(がまのほ)」に形が似ていることから名付けられた「蒲鉾」の記述が、すでに残っている。

そして、この棒状の「かまぼこ」を縦半分に切り、板に付けて仕上げたものを「かまぼこのはんぺん」、つまり「半片」と呼んでいた。

あくまで「はんぺん」は、かまぼこの一種を指す添え名――正式名ではなく、区別のために添えられた呼び方――だった。

竹輪→蒲鉾→はんぺん、名前が一段ずつスライドした

時代が進むと、この板付きの半月形かまぼこ(=はんぺん)のほうが主流になっていく。

すると、そちらが単に「かまぼこ」と呼ばれるようになった。

名前を奪われた元祖「かまぼこ」(=今のちくわ)は区別のため「竹輪かまぼこ」と呼ばれるようになり、のちに「竹輪」へと省略された。

つまり、竹の棒に巻く食べ物→蒲鉾→はんぺん、という順に、一つの名前が次々と隣の食べ物へスライドしていったことになる。

最初の「はんぺん」が誰も使わなくなったところで、名前だけが空席として残った。

📖 言語的視点

一つの名前が指す対象を変えながら生き残る現象は、言語学では意味変化(semantic shift)と呼ばれる。日本語の食べ物名にはこうした「名前の引き継ぎ」がしばしば起きており、はんぺんはその典型例といえる。

空いた名前に、江戸時代生まれの白い練り物が収まった

空席になった「はんぺん」という名前に目をつけたのが、江戸時代に登場した新しい練り物(魚のすり身を加工して作る食品の総称)だった。

山芋を加えてふわふわに仕上げた、あの白いはんぺんである。

素材も柔らかい食感も、かつての「はんぺん(=板付きかまぼこ)」とよく似ていたため、この新顔がすんなり名前を受け継いだと考えられている。

そう考えると、「半平が考案した」「椀の蓋に半分盛ったから半片」という説明は、すでにあった名前に後から理由をこじつけた可能性が高い。

静岡の「黒はんぺん」だけ、名前の使われ方が違う理由

現在、全国的なはんぺんはヨシキリザメやアオザメ(いずれもサメの一種)のすり身が主原料だ。

真っ白に仕上げるため、製造過程で何度も水にさらし、血合い(魚の赤黒い部分)や脂肪を洗い流している。

ところが静岡県だけは事情が違う。

サバ・アジ・イワシなど青魚をそのまま使う「黒はんぺん」が定着しており、白いままの魚肉を使わない。

面白いのは、静岡ではこの黒いほうが「はんぺん」の標準で、他地方でおなじみの白いはんぺんのほうを、あえて「はんぺん」と呼んで区別することがあるという点だ。

地域によって「標準形」が入れ替わる、これもまた命名の謎の一つといえる。

🍢 まとめ

「はんぺん」という名前は、最初から今の白い練り物のために作られた言葉ではなかった。竹輪→蒲鉾→はんぺんという玉突きの末に、空いた名前を新顔の練り物が引き継いだ、というのが実像に近い。次におでんではんぺんを食べるとき、その名前がたどってきた長い旅を思い出してみてほしい。

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