「あっさりした味だね」「こってりしてる!」——どちらも日常的に使う言葉なのに、音を並べてみると、まるで正反対の性質をそのまま音で表しているように聞こえないだろうか。
これは偶然ではない。言語学には「音象徴(おんしょうちょう)」と呼ばれる概念があり、言葉の音と意味の間には、非恣意的なつながりがあるとされている。
🍳 今回のテーマ
「あっさり」と「こってり」は、なぜその音のままの味がするように聞こえるのか。日本語のオノマトペに隠された「音象徴」の仕組みを探る。
「あっさり」の音に宿る軽さ——ア行と開いた母音
「あっさり」を声に出してみると、最初の母音「ア」は口を大きく開いて発音される、明るく開放感のある音だ。
日本語の音象徴研究では、口が大きく開く母音(ア行・エ行)は「広さ・軽さ・明るさ」と結びつきやすいとされている。「あっさり」の「ア」が最初に来ることで、聞いた瞬間に「軽い、さっぱりした」という印象を与えるのだ。
さらに「さり」の「サ」は、さらさら・さっぱりといった語にも共通する子音で、摩擦の少ない滑らかな音。全体として「軽く、流れるような」印象が音に込められている。
☕ 豆知識
「あっさり」は江戸時代から文献に登場する語。もとは「浅く・薄く」という概念を音で表したとも言われており、「浅(あさ)」との関係を指摘する説もある。
「こってり」の音に宿る重さ——閉じた母音と促音「っ」
一方、「こってり」の最初の音「コ」は、唇をすぼめ、口の奥で発音される閉じた母音だ。
日本語の音象徴では、口が閉じた母音(オ行・ウ行)は「重さ・暗さ・密度の高さ」を感じさせやすいとされている。「こ」という音は「こってり」以外にも、「濃い(こい)」「こんもり」「こんがり」など、密度や厚みを連想させる語に多く登場する。
さらに「っ」という促音(小さい「つ」)は、流れを一度止める効果がある。「さらさら」ではなく「こってり」——この止まりがあることで、重くまとわりつくような粘度の感覚が音に宿るのだ。
🔤 言語的視点
音象徴は日本語に限らない。英語でも「glimmer(きらめき)」「gloom(暗闇)」など「gl-」から始まる語は視覚に関係するものが多いとされる。これを「phonestheme(音義素)」と呼ぶ。日本語のオノマトペはとくにこの音象徴が発達しており、食感・味覚の表現に顕著に現れる。
なぜ料理の世界でこの対比が生まれたのか
「あっさり」「こってり」が料理の文脈で定着した背景には、日本の食文化における「引き算の美学」がある。
だしを主役にした和食の世界では、素材の味を「引き出す(あっさり)」か「重ねる(こってり)」かという二項対立が、料理の評価軸として機能してきた。こてこて・こってりという語群が「重ねる・積む」方向の音を持つのは、この文化的な感受性が言葉の選択にも反映されたからかもしれない。
☕ 豆知識|天下一品の「こっさり」
京都発の人気ラーメンチェーン・天下一品には「こってり」「あっさり」に加えて、「こっさり」というメニューがある。これはこってり+あっさりを合わせた造語で、二つのスープをブレンドした中間の味。面白いのは「あこっさり」や「さっこり」ではなく、「こ」から始まる「こっさり」と名付けたこと。重さのイメージを持つ「こ」の音が先に来ることで、ベースはこってり寄り、という印象を自然に伝えている。音象徴が意図せず商品名に反映された好例だ。
現代語への広がり——「あっさり系」「こってり系」という分類
現代のラーメン文化では「あっさり系(塩・鶏白湯など)」「こってり系(豚骨・背脂など)」という分類が定着しており、この二語が食文化の軸として機能している。
注目すべきは、これが味の客観的な記述ではなく、食べる前からイメージを喚起する言葉として使われていることだ。メニューに「あっさり醤油」と書くだけで、読み手の脳内には清んだスープのイメージが浮かぶ——これが音象徴の実用的な力だ。
「じゅわっ」「ふわとろ」と同様、「あっさり」「こってり」もまた、料理の味を音で先に体験させる日本語オノマトペの精髄といえる。
📝 まとめ
- 「あっさり」の「ア」は開いた母音で、軽さ・明るさを音で表す
- 「こってり」の「コ」は閉じた母音+促音「っ」で、重さ・密度を音で表す
- これは言語学の「音象徴」と呼ばれる現象で、日本語オノマトペに特に顕著
- 天下一品の「こっさり」は、この音象徴が商品名に自然に反映された好例
- 現代のラーメン文化でも「あっさり系/こってり系」という形で食文化の分類軸として定着している



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