【命名の謎】「卯の花」はなぜ「おから」の別名なのか——花の見立てと”忌み言葉”が生んだ呼び名

料理と言語

精進料理店の品書きに「卯の花」と書かれているのを見たことがあるだろうか。

注文して出てきたのは、白くほろほろとした、見慣れたあの副菜だった。

卯の花——それは、豆腐屋で毎日大量に出る「おから」の、もう一つの名前だ。

🌼 今回のテーマ

おからを「卯の花」と呼ぶのはなぜか。そこには花の見立てと、縁起をかつぐ江戸の商人文化が隠れていた。

「おから」の”から”が、実は嫌われていた

おからは、豆腐や豆乳を作る過程で大豆から豆乳を絞ったあとに残る、いわば搾りかすだ。

問題は「から」という響きだった。

「から」は「空(から)」を連想させ、何もない、価値がないという印象につながる。

商いをする豆腐屋にとって、店先で「空」を連呼するのは縁起が悪いとされ、江戸時代の人々はこの呼び方を避けるようになった。

白い花に見立てた、初夏の言葉

代わりに選ばれたのが「卯の花」という名前だった。

ウツギ(空木)という低木は、旧暦4月にあたる「卯月」に、房のように咲く白い小花をつける。

この花が「卯の花」と呼ばれており、おからの白くほろほろとした見た目が、この花にそっくりだと考えられた。

卯の花という言葉自体は奈良時代の万葉集にも登場するほど古く、初夏を告げる季語(俳句などで季節を表す言葉)として、俳人たちにも好んで詠まれてきた。

別名は他にもある——「きらず」と「大入り」

おからの言い換えは、卯の花だけではない。

「きらず」という呼び名は、包丁で切らなくても調理できることに由来するといわれる。

「大入り」という呼び名も存在し、これは芝居小屋が満員になったときに観客へのお祝いとして配られる祝儀袋「大入り袋」を連想させる、商売繁盛を願う言葉だった。

同じ一つの食材に、これほど多くの縁起のいい呼び名が重ねられてきたこと自体が、当時の人々の言葉への気の遣いようを物語っている。

「から」を嫌う言い換えは、日本語の随所にある

こうした言い換えは、おからだけの話ではない。

スルメは「する」が賭け事で金を「する(失う)」を連想させるため、縁起を担いで「あたりめ」と呼び換えられた。

梨も「無し」を嫌って「ありの実」と呼ばれた時代がある。

卯の花という名前も、同じ発想の延長線上に生まれたものだった。

🌸 豆知識

卯の花は松尾芭蕉をはじめ多くの俳人に詠まれてきた季語でもある。おからという食材の名前一つに、食文化と文学の両方の歴史が重なっている。

🍴 まとめ

「卯の花」という名前には、白い花への見立てと、縁起の悪い言葉を避けようとした人々の知恵が重なっている。おからを卯の花と呼ぶとき、私たちは知らず知らず、江戸時代の言葉づかいのやさしさを受け継いでいる。

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