「肉じゃが」は和食の定番だが、名前の半分は日本語ではない。
「じゃが」の正体を知ると、この一皿の見え方が変わる。
🍳 今回のテーマ
「肉じゃが」という名前には、遠くジャワ島の港町の名前と、明治海軍が生んだ実話が同居している。じゃがいもの語源と、肉じゃが誕生の物語を追う。
「じゃが」はジャワ島の港町、ジャカルタの名前だった
江戸時代の日本人は、ジャガイモを「じゃがたらいも」と呼んだ。
「じゃがたら」とは、現在のインドネシア・ジャカルタを指す当時のオランダ語表記「Jacatra」の音写である。
1598年前後、オランダ東インド会社の船がジャワ島・ジャカルタを経由してジャガイモを日本に持ち込んだと伝わる。
長い「じゃがたらいも」はやがて省略され、「じゃがいも」という呼び方だけが現代に残った。
💡 豆知識
ジャワ島原産と誤解されがちだが、ジャガイモの本当の原産地は南米アンデス山脈。ジャカルタはヨーロッパから日本へ運ばれる途中の中継地に過ぎなかった。
肉じゃがを生んだのは、イギリス仕込みの舌
肉じゃがの誕生には、海軍軍人・東郷平八郎が関わったという説が広く伝えられている。
東郷は1871年から1878年まで、イギリスに留学し、ポーツマスの商船学校で航海術を学んだ。
留学中に口にしたビーフシチューの味が忘れられず、帰国後、部下の司厨長に「あの料理を作れ」と命じたと伝わる。
しかし当時の日本にはデミグラスソースもワインもなかった。司厨長は代わりに醤油と砂糖、酒で牛肉とジャガイモを煮込み、和風の一皿に仕立て直した。
舞鶴と呉、「発祥の地」をめぐる海軍二都物語
肉じゃが誕生の地としては、京都府舞鶴市と広島県呉市が、それぞれ「発祥の地」を名乗っている。
舞鶴は、東郷が1901年に舞鶴鎮守府の初代司令長官を務めた地であることを根拠にする。
呉は、東郷が艦隊勤務で長く滞在した軍港であり、当地の海軍でも同様の煮込み料理が作られていたと主張する。
現在も両市は「肉じゃが発祥の地」の看板を掲げ、互いに肉じゃがをご当地グルメとして売り出している。
「肉じゃが」という名前の、身も蓋もない合理性
「肉」と「じゃが(いも)」を単純に足しただけの名前には、洒落た由来も美しい響きもない。
だが、この即物的な命名法こそ、海軍という組織の合理性を映しているとも言える。
🗣️ 言語的視点
日本語の家庭料理名には「肉じゃが」「豚汁」「野菜炒め」のように、材料名をそのまま並べただけの命名が多い。記憶や語感より実用性を優先する、台所言葉ならではの系譜である。
実際に「肉じゃが」が全国区の定番として広まったのは、意外にも戦後、それも1970年代のことだとされる。
家庭向け料理番組や学校給食を通じて、「おふくろの味」の代表格として定着していった。
遠くジャワ島の地名を語源に持つ「じゃが」と、明治の海軍が生んだ知恵。
「肉じゃが」という何気ない名前には、江戸から明治、そして戦後の食卓までの時間が重なっている。
📝 まとめ
「じゃが」はジャカルタ(じゃがたら)由来、肉じゃがは東郷平八郎とイギリス仕込みのビーフシチューから生まれたという説が有力。舞鶴と呉が発祥の地を競い合い、即物的な名前の裏に海軍と和食の歴史が凝縮されている。



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