和牛の霜降りは日本だけの美学——世界は赤身信仰

1年目が知らなかった話

「霜降りが多いほど、いい肉」——そう信じているとしたら、それは日本だけの価値観かもしれない。

アメリカでもフランスでも、アルゼンチンでも、脂がびっしり入った肉は「安っぽい」「胃にもたれる」とすら思われることがある。
日本で最高級とされるA5和牛の霜降りは、世界の食肉市場ではむしろ少数派の好みなのだ。

なぜ日本だけが、白いサシの入った肉を美の頂点に置くようになったのか。
そして海外の「赤身信仰」は、どこから来ているのか。
掘っていくと、牛の育て方から国の歴史まで、意外な話につながっている。

📌 この記事でわかること

  • 霜降り(サシ)の正体は、ただの脂肪ではないという話
  • A5より上の等級が存在しない理由
  • 海外で「赤身」が好まれる文化的な背景
  • 海外の「Kobe Beef」の多くが本物ではない事情

霜降りの正体——「サシ」はただの脂肪ではない

和牛の霜降りは、正式には「筋肉内脂肪交雑」と呼ばれる現象で、いわゆる「サシ」の専門的な呼び名だ。
筋肉の繊維のすき間に細かい脂肪が入り込んだ状態を指し、霜が降りたように白い模様が広がることから、この名前がついたと言われている。

この脂肪の融点は人の体温に近い25℃前後とされ、口に入れた瞬間にとろけるような食感を生む。
これは和牛の脂肪に「オレイン酸」という不飽和脂肪酸が多く含まれているためで、オリーブオイルの主成分としても知られる成分だ。

つまり霜降りとは、単に「脂身が多い」という話ではなく、脂肪の質そのものが違うという話でもある。
日本の和牛が長い年月をかけて、この脂肪の質を高める方向に品種改良されてきた結果だ。

世界一厳しい採点表——A5より上は存在しない理由

日本の霜降り評価には「BMS」というものさしがある。
1から12までの12段階で、数字が大きいほど霜降りが細かく多いことを示す。
A5ランクの牛肉は、このBMSが8以上でなければ名乗れない。
ちなみに「5」の部分は肉質等級で、1〜5の5段階評価のうち最高が5。だからこれ以上の数字は存在しない。

一方、アメリカのUSDA格付けにも最高位「プライム」があるが、その基準は日本のBMSに換算するとおよそ3〜4程度に相当すると言われている。
つまりアメリカの「最高級」牛肉は、日本の等級表ではA5どころかB3やC3にすら届かない水準ということになる。

✅ ポイント

A5の「5」は肉質等級。実は「A」の部分は歩留まり等級で、脂身の量ではなく肉の取れ高を示している。霜降りの多さそのものはBMSという別の指標で語られる。

この採点基準を作ったのは日本食肉格付協会で、1975年に統一の格付け制度としてスタートした。
戦後、牛肉の流通が広がる中で品質をどう保証するかが課題になり、生産者と流通業者の共通言語として整備されたのがこの制度の始まりだ。

なぜ海外は「赤身」を選ぶのか——牛と大地の思想の違い

海外で赤身が好まれる理由は、ひとつではない。
いくつかの要因が重なっている。

①放牧文化の違い
アルゼンチンやウルグアイでは、牛は広大な草原を歩き回って牧草を食べて育つ。
運動量が多く脂肪がつきにくいため、赤身の多い肉になりやすい。むしろそれが「自然でヘルシー」という価値観につながっている。

②品種そのものが違う
フランスの高級ステーキで使われるシャロレー種やリムーザン種は、もともと筋肉質になるよう改良された品種だ。
脂肪をつけるためではなく、赤身の量と噛みごたえを引き出すために育てられている。

③「肉の味は筋肉にある」という考え方
欧米の食文化では、肉本来の風味は赤身の部分から来るという発想が根強い。
脂肪はあくまで香りづけの補助であり、脂身が主役になることには違和感を持たれやすい。

🌀 都市伝説チェック

「霜降り=不健康」という話は半分本当で半分誤解。オレイン酸は不飽和脂肪酸で、脂肪の中でも比較的体に優しいタイプとされる。ただしカロリーが高いのは事実で、食べ過ぎれば当然体に負担はかかる。

海外の「Kobe Beef」、実は本物じゃないことが多い

ニューヨークやロンドンのレストランで「Kobe Beef」というメニューを見かけたら、少し疑ってかかっていい。
本物の神戸ビーフは、兵庫県内で生まれ育った但馬牛のうち、厳しい基準をクリアしたごく一部の牛だけに許される名称だ。

しかも神戸ビーフは長い間、口蹄疫(牛や豚がかかる伝染病で、発生すると輸出が止まる)の発生などを理由に海外への輸出が制限されてきた歴史がある。
2012年にようやくアメリカ向けの輸出が解禁されるまで、海外の市場に本物の神戸ビーフはほとんど流通していなかった。

🕵️ 業界の裏側

海外で「Kobe Beef」を名乗る店の多くは、実際にはオーストラリアやアメリカで和牛とアンガス牛(海外で肉用牛の定番とされる品種)を交配させた「アメリカンWagyu」を使っている。本場の血統や産地とは別物だが、霜降りの見た目が似ているため区別がつきにくい。

つまり多くの海外客が食べている「神戸ビーフ」は、日本の霜降り文化への憧れをきっかけに生まれた、いわば派生ブランドということになる。
本物志向の日本人ほど、この違いに驚くことが多い。

霜降りを生むための長い道のり——30ヶ月の丁寧な肥育

和牛の霜降りは、放っておいて自然にできるものではない。
生後約10ヶ月から出荷までの28〜30ヶ月ほどの間、トウモロコシや大麦を中心とした濃厚飼料(牧草ではなく穀物中心の飼料のこと)を計画的に与え続けることで、少しずつ脂肪を筋肉の中に行き渡らせていく。

これに対して、赤身文化圏の牛は生後18〜24ヶ月ほどで出荷されることが多い。
和牛はそれよりも1年近く長く、時間とコストをかけて育てられていることになる。
この飼育期間の長さこそが、霜降り牛肉の価格が高くなる大きな理由のひとつだ。

焼肉談義で使えるひとネタ

焼肉屋やステーキ店で「やっぱり霜降りが一番」と盛り上がったとき、「実は世界だと赤身の方が主流なんだよね」と一言添えるだけで、話が一気に広がる。
和牛の美学は、決して世界共通の「正解」ではなく、日本という土地と歴史が育てたひとつの価値観なのだ。

📋 この記事のまとめ

  • ✅ 霜降りは筋肉内に入り込んだ脂肪で、オレイン酸を多く含む
  • ✅ A5のBMS8以上は、海外のトップ等級より基準が厳しい
  • ✅ 海外では放牧文化と品種の違いから赤身が好まれる
  • ✅ 海外の「Kobe Beef」の多くは本物とは別物
  • ✅ 霜降りは28〜30ヶ月かけて丁寧に作られる

同じ「おいしい牛肉」でも、国が変われば理想の形はまるで違う。
お隣の韓国にも「ハンウ」という霜降り志向の牛肉文化はあるが、日本ほど細かく徹底した格付け制度を持つ国は世界的にも珍しい。
次に和牛を口にするときは、そのとろける脂の裏にある、長い歴史と手間にも思いを馳せてみてほしい。

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