食べ物の好き嫌いが多い料理人はダメなのか

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「料理人なのに好き嫌いあるの?」

入社して半年経ったころ、まかないを作っていたら先輩にそう言われた。パクチーが苦手な私は、そのとき思わず黙り込んでしまった。「そうですね……多少は」と答えたら、先輩は少し呆れたような顔をした。あの空気が、ずっと引っかかっていたんです。

料理人になると、「好き嫌いは許されない」「全部食べられないと一人前じゃない」という空気がある。でも、本当にそうなんだろうか。好き嫌いが多いことは、プロとして致命的なのか──私なりに考え、先輩や同僚を見てきた中で、ひとつの答えが出ました。今日はそれを正直に話そうと思います。

📌 この記事でわかること

  • 「料理人に好き嫌い禁止」は本当かどうか
  • 好き嫌いと味覚の関係──科学的な意外な事実
  • 嫌いな食材と向き合う具体的な方法
  • 好き嫌いを「弱点」ではなく「強み」に変える発想

「好き嫌いがあるなら料理人向いてない」と言われた日

私がパクチーを初めて厨房で触ったのは、入社して2ヶ月目のことだった。エスニック料理の前菜に使うということで、大量のパクチーを洗って束ねる仕込みを任された。あの独特の香りが手に染み込んで、昼食をまともに食べられなかったのを覚えている。

そのとき先輩に「パクチー、苦手?」と聞かれて、正直に「はい、ちょっと……」と答えた。返ってきたのは「それじゃ困るな」というひと言だった。その言葉は、しばらく頭から離れなかった。「好き嫌いがある=プロ失格」という等式が、私の中に刷り込まれた瞬間だったと思う。

でも、その後に気づいたことがある。先輩自身も、実はセロリが嫌いだったんです。お客さんには出すし、料理として完成させるけれど、まかないでセロリが入っているときは静かによけていた。それを見て、少しだけ肩の力が抜けた気がした。

👨‍🍳 私の場合

パクチーのほかに長年苦手だったのが、しいたけです。あの旨味が強すぎて、口の中で主張しすぎる感じがどうしても苦手だった。ただ最近、他の食材と口の中で一緒に食べると、強すぎる旨味が「うまく溶け込む旨味」として認識できるようになってきました。苦手の正体がわかったら、向き合い方も変わるんです。

そもそも、料理人に好き嫌いは「禁止」なのか

結論から言うと、「好き嫌いが絶対にあってはいけない」という絶対ルールはない。少なくとも、私が経験した厨房では、完全に何でも食べられるという料理人の方が少なかった。

大切なのは、「好き嫌いがあるかどうか」ではなく、「それをどう扱うか」です。嫌いな食材であっても、その食材の特性・香り・食感・合う調理法を理解して、お客さんに美味しいと感じてもらえる料理に仕上げられるかどうか──そこが問われる。

逆に危険なのは、「自分が食べられないから、この料理の味がわからない」と思い込んで、嫌いな食材の料理を雑に仕上げることです。これは確かにプロとして問題がある。好き嫌いそのものより、そこに対する姿勢の方がよほど大事なんです。

💡 例えるなら

絵本作家が「子どもが怖いから子ども向けの本は書けない」と言うのと同じです。怖いかどうかと、子どもに伝わる良い作品を作れるかどうかは別の話。料理も、食べられるかどうかと、その料理を美味しく作れるかどうかは別次元の問題です。

好き嫌いと「味覚」の関係──科学的に見ると意外な話

「嫌いなものが多い=味覚が鈍い」と思われがちだけど、実は科学的にはそう単純ではない。人間の好き嫌いは、味覚受容体の遺伝的な違いや、過去の体験(特に子ども時代に食べて気分が悪くなった経験など)に大きく左右されることがわかっています。

たとえばパクチーの独特な香りを「石鹸みたい」「虫みたい」と感じる人がいるのは、OR6A2という嗅覚受容体の遺伝子型の違いによるものだということが研究で明らかになっています。つまり、パクチーが苦手な人は「味覚が弱い」のではなく、「感じ方が違う」だけなんです。

こう考えると、好き嫌いが多い人ほど感覚が鋭敏で、他の人が気づかない風味の違いを感じ取っているケースもある。もちろんすべての人がそうではないけれど、「好き嫌い=鈍感」という図式は間違いです。

📖 豆知識

苦味に敏感な「スーパーテイスター」と呼ばれる人たちは、人口の約25%いると言われています。彼らは苦い食材(ゴーヤ・コーヒー・ルッコラなど)を極端に苦く感じるため、食べ物の好き嫌いが多い傾向がある。でも同時に、わずかな味の違いを敏感に感じ取る能力も持っています。料理人のスーパーテイスターは、繊細な味の調整が得意なことも多いんです。

嫌いな食材と向き合う──プロとしての具体的な方法

「嫌いでも調理はする」という前提に立ったとき、じゃあ実際どうすればいいのか。私が試してきた方法を3つ紹介します。

まず、「なぜ嫌いなのか」を言語化すること。「なんか苦手」で終わらせず、「この香りが苦手」「この食感が苦手」「生だと嫌いだが加熱するとOK」など、具体的に分解する。嫌いな理由がわかると、その要素を調整することで、自分でも食べられる形に調理できるようになるし、お客さんへの提供方法も工夫できるようになります。

次に、「少量から試食する習慣」をつけること。嫌いだからといって一切口に入れないでいると、その食材の現在の状態(この調理法で今日の仕上がりはどうか)が永遠にわからない。怖くても一口だけ確認する、というのを繰り返すと、味の評価と好みを少しずつ切り離せるようになります。

そして、「好きな先輩や同僚にセカンドオピニオンを求める」こと。「このパクチーのソース、バランス取れてますか?」と聞ける環境を作っておくことは、プロとして誠実な姿勢だと思う。自分の不得意を隠すより、ちゃんと確認する方が、料理のクオリティを守れます。

✅ ポイント

「嫌い」と「わからない」を分けて考えましょう。食べるのが嫌いでも、その食材の特性を理解して調理することはできる。大切なのは、嫌いを言い訳にして「わからない」に変換しないことです。

ちょっと脱線:有名シェフにも「嫌いなもの」がある

ここで少し脱線させてください。

世界的に活躍するシェフたちが、インタビューで自分の好き嫌いについて語っているケースは、実は珍しくない。ミシュランを獲得したシェフが「私はスイカが嫌いだ」と公言していたり、著名なパティシエが「実は極端な甘党ではない」と話していたりする。

これは単なる逸話ではなくて、大事なことを示唆していると私は思う。料理の才能は「全部好き」から生まれるのではなく、「食に対する深い興味と思考」から生まれるということです。何でも好きで何でも食べられる人より、「これはなぜこういう味がするのか」「どうすればもっと良くなるか」を考え続けている人の方が、料理人として伸びる。

☕ ちょっと脱線

有名な話ですが、あるフランス料理の巨匠は「自分の作る料理が一番美味しいと思ったことは一度もない」と言っていました。好き嫌いとは少し違いますが、プロの料理人とは「自分の感覚を絶対化しない」という謙虚さと常に向き合っている存在なのかもしれません。自分が美味しいと思えないから研究する、自分が苦手だから深く知ろうとする──それがプロの姿勢だと思います。

好き嫌いを「弱点」ではなく「強み」に変える発想

これは少し視点を変えた話です。

好き嫌いが多い料理人は、「嫌いな食材の気持ちがわかる」という強みを持っている、と私は思っています。世の中には食べ物の好き嫌いが多いお客さんがたくさんいる。「苦手だけど食べなきゃいけない状況」「嫌いなものが入っているかもと心配しながら食べる」──そういう経験を自分自身がしているからこそ、苦手な人でも食べやすい料理の工夫が自然にできるようになる。

実際、私はパクチーが苦手だったからこそ、「パクチー少なめでも香りを活かせる出し方」「パクチーを使わずに似た風味を出す代替食材」を真剣に研究した。その結果、パクチーが苦手なお客さんから「ここの料理は食べやすい」と言ってもらえたことが何度かある。苦手だったことが、武器になった瞬間だった。

👨‍🍳 私の場合

しいたけが苦手だった私は、「なぜこんなに旨味が強く感じるのか」を徹底的に考えました。グアニル酸という旨味成分が乾燥によって大幅に増えること、他の旨味成分(グルタミン酸・イノシン酸)と組み合わさると相乗効果で何倍にも感じられること。それを知ってからは、しいたけを単体で食べるのではなく、他の食材と組み合わせる調理にシフトした。今では「このしいたけの使い方、うまいな」と自分でも思えるようになっています。苦手だから深く調べた結果が、技術になりました。

まとめ:好き嫌いがあっても、料理人として成長できる

📋 この記事のまとめ

  • ✅ 「料理人に好き嫌い禁止」は絶対ルールではない──問われるのは姿勢
  • ✅ 好き嫌いと味覚の鋭さは別物。遺伝的な感受性の違いが好き嫌いを生む
  • ✅ 「なぜ嫌いか」を言語化して、少量でも試食する習慣をつける
  • ✅ 苦手な食材こそ深く研究する──それが強みになる
  • ✅ 「好き嫌いがある」より「それを隠して雑に作る」方がよほど問題

料理人になったからといって、急に全部の食材が好きになるわけじゃない。それは当たり前のことです。大事なのは、苦手なものから逃げずに向き合い続けること。好き嫌いがあるまま、真剣に料理と向き合っているあなたの方が、何でも食べられるけど深く考えない人より、ずっといい料理人になれると私は思っています。

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