「利休焼き」「利休揚げ」「利休煮」。
ゴマを使うだけで、なぜか同じ人物の名前がついた料理がいくつも存在する。
「利休」とは、安土桃山時代の茶人・千利休のことだ。
安土桃山時代は1500年代後半、戦国の世が終わりに向かう時期にあたる。
🍢 今回のテーマ
ゴマ料理になぜか冠される「利休」の名。その裏には、利休の死後に広まった言い伝えと、飲食業界だけの独特な文字の書き換えがあった。
茶人・千利休とゴマの意外な接点
千利休は1522年に生まれ、織田信長、続いて豊臣秀吉に仕えた茶人である。
1591年、秀吉の命により切腹し、69歳でその生涯を終えた。
茶の湯の作法を大成した人物として知られるが、実は茶会の膳に禅寺の精進料理(肉や魚を使わない、禅宗の僧の食事)を取り入れたことでも知られている。
胡麻豆腐や胡麻和えなど、ゴマを使った品がその献立に多く並んでいたという。
名づけたのは本人ではなく「利休の死後」だった
「利休はゴマを使った料理を好んだ」という言い伝えは、実は利休が生きていた当時の記録には見当たらない。
広まったのは利休の死後のことで、「利休が愛したであろう料理」として、後世の料理人たちがゴマ料理に利休の名を贈ったと考えられている。
本人が名付けたわけでも、生前に呼ばれていた名前でもない。
いわば没後に定着した、追贈のようなブランド名なのだ。
「利休」が「利久」に書き換えられた理由
さらにややこしいことに、料理店のメニューでは「利休焼き」ではなく「利久焼き」と表記されることが多い。
読み方はどちらも同じ「りきゅう」である。
飲食業界では「休」の字が、店が休む=商売が止まることを連想させる忌み言葉(縁起が悪いとされる言葉)とされてきた。
そのため縁起をかつぎ、同じ音を持つ「久」の字に置き換えて「利久」と書くようになったという。
茶人の名前が、業界の験担ぎによって漢字ごと変えられてしまった珍しい例である。
ゴマの色と「利休鼠」——もう一つの由来説
名前の由来には、ゴマ好き説とは別の説も伝わっている。
千利休を象徴する色として「利休色(利休鼠)」と呼ばれる、緑がかった灰色がある。
茶人らしい落ち着いた色合いとして、着物や工芸品の色名としても使われてきた色だ。
炒ったゴマやすりゴマの色合いがこの利休色に近いことから、ゴマを使う料理に利休の名がついたという説である。
好物説と色合い説、どちらが先だったのかは今もはっきりしていない。
🗣 言語的視点
本人が一度も名乗ったことのない名前が、没後に料理の代名詞として定着し、しかも同じ音のまま漢字だけ変えられていく。有名人の名がジャンルそのものを指す言葉に化ける現象は、日本語の食の命名に繰り返し見られる型である。
ゴマを一振りするだけの料理に、茶の湯の巨人の名前と、飲食業界の験担ぎの歴史が同居している。
📝 まとめ
「利休焼き」はゴマを愛したとされる千利休にちなむ名前だが、その言い伝えは死後に広まったもの。飲食業界では「休」の字を嫌って「利久」と書き換えられ、ゴマの色を利休色に見立てた説も伝わっている。



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