【命名の謎】「時雨煮」はなぜ「時雨」なのか——蛤の佃煮に俳人が見立てた、通り雨の一瞬

料理と言語

生姜がぴりっと効いた佃煮「時雨煮(しぐれに)」。

この名前を考えたのは、料理人ではなく、松尾芭蕉の弟子だった俳人だと言われている。

桑名の蛤と佃煮の始まり

三重県桑名市は、江戸と京都を結ぶ東海道の宿場町(旅人が泊まる宿が並ぶ町)として栄えた。

伊勢湾に面したこの土地の浜では、古くから良質なハマグリが豊富に採れた。

江戸時代、桑名の蛤を醤油と生姜で煮詰めた佃煮が名物として知られるようになる。

それが「時雨蛤(しぐれはまぐり)」、後の時雨煮の原型である。

名付け親は芭蕉の高弟だった

この「時雨蛤」という名前を考案したのは、各務支考(かがみしこう)という俳人だとされる。

支考は江戸中期、美濃国(現在の岐阜県)出身で、松尾芭蕉に師事した高弟(弟子の中でも特に優れた人物)の一人。

芭蕉の門下には特に優れた十人の弟子がいて「蕉門十哲」(芭蕉の弟子の中でも代表格とされた十人)と呼ばれたが、支考はその一人に数えられる。

料理人ではなく俳人が、なぜ食べ物の名付け親になったのか。

俳句という、情景を一瞬の言葉に凝縮する表現を磨いてきた人物だからこそ、貝の風味の余韻を「時雨」という自然現象に例えられたのかもしれない。

「時雨」に込められた三つの説

名前の由来には、主に三つの説が伝わっている。

🗣️ 「時雨」に例えた三つの説

① 蛤の様々な風味が口の中を通り過ぎていく様子を、降ってはすぐ止む時雨に見立てた

② 蛤が最も美味しくなる旬の時期が、秋から冬にかけて時雨が降る季節と重なる

③ むき身(殻から取り出した身)をたまり醤油(とろみの強い濃厚な醤油)で短時間煮詰める調理法自体が、さっと降ってすぐ晴れる時雨に似ている

実際、当時の料理書には、むき身を手早く煮詰めることが「しぐれ煮」作りの特徴として記されている。

短い調理時間そのものが、名前の説得力を裏付けているとも言えそうだ。

「その手は桑名の焼き蛤」——ことわざになった名物

桑名の蛤は、時雨煮以外にも日本語に痕跡を残している。

「その手は桑名の焼き蛤」ということわざをご存じだろうか。

「食わない(=だまされない)」と地名の「桑名」、名物の「焼き蛤」を掛け合わせた洒落言葉(言葉遊び・語呂合わせ)で、江戸時代から使われてきた。

それほどまでに、桑名と蛤は当時の人々にとって切っても切れない組み合わせだったのだ。

🐚 豆知識

現在、桑名には「貝新」を名乗る老舗だけで五社が残り、今も時雨煮を作り続けている。東海や関西の百貨店に加え、東京に本店を構える会社もある。

今では蛤に限らず、あさりや牛肉を使った生姜風味の佃煮全般が「時雨煮」と呼ばれるようになった。

けれど元をたどれば、桑名の一種類の貝だけを指す、もっと狭い名前だった。

生姜の香りと醤油の甘辛さ——時雨煮の味わいは今も昔と変わらない。

けれどその名前には、江戸の俳人が一瞬の自然現象に見た情景が、三百年近く経った今も生き続けている。

📝 まとめ

「時雨煮」は、蛤の旬・調理法・口の中の余韻を、通り雨という自然現象に重ねた命名。名付けたのは料理人ではなく、松尾芭蕉の高弟・各務支考という俳人だった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました