日本のカレーだけとろみがある理由——実はイギリス発、海軍が広めた小麦粉の技

1年目が知らなかった話

インド料理店でカレーを食べたことがある人に聞きたい。
あのカレー、日本の給食や実家のカレーと比べて、なんだかサラサラしていなかっただろうか。

スプーンですくうとトロッと糸を引くほどのとろみがあるのは、実は世界のカレーの中でもかなり珍しい部類に入る。
そしてこのとろみ、ルーツをたどるとインドではなく、まさかのイギリス、しかも日本の海軍にたどり着く。

「カレーは国民食」と呼ばれるまでになった背景には、料理人なら知っておいて損はない、意外な歴史の寄り道があった。

📌 この記事でわかること

  • なぜ日本のカレーだけとろみが強いのか
  • とろみの正体「ルー」はフランス料理由来だという事実
  • 海軍とカレーの、脚気(かっけ)をめぐる意外な関係
  • 明治41年の教科書に載っていた”元祖”レシピ

そもそも、カレーは「インド発祥」じゃなかった

カレーという料理そのものは、もちろんインド亜大陸(インドとその周辺地域)が発祥だ。
ただし「カレー粉」という複数のスパイスをあらかじめ配合した粉末製品を作ったのはインド人ではなく、イギリス人だった。
ちなみにタイやスリランカなど他の国のカレーも、日本のように小麦粉でとろみをつける文化はほとんどない。

18世紀後半、インドを植民地支配していたイギリスの商人や軍人たちは、本国に帰ってからも現地の味を懐かしんだ。
そこで、あらかじめブレンドされた粉末が商品化され、今日「カレー粉」と呼ばれるものの原型になった。

🕵️ 業界の裏側

イギリスの食品会社クロス&ブラックウェル(C&B)は、19世紀に瓶入りカレー粉を製造・販売した老舗として知られる。
日本人が明治初期に最初に出会った「カレー」は、インドから一度イギリスを経由した”再輸出品”だったわけだ。

とろみの正体は「小麦粉のルー」——実はフランス料理の技法

では、なぜイギリス風カレーにはとろみがついたのか。
答えは、当時のイギリス上流階級の食卓に浸透していたフランス料理の技法にある。

バターと小麦粉を炒め合わせて作る「ルー」は、ベシャメルソースなど西洋料理の基本技法のひとつ。
イギリスの料理人はこの技法を輸入したカレー粉と組み合わせ、スパイスの効いたソースにとろみとコクを与える方法を編み出した。
インドの伝統的なカレーは本来、ヨーグルトや刻んだナッツ、水分の煮詰めでとろみを出すことが多く、小麦粉のルーで固めるのはイギリス式の”改造版”だったのだ。

✅ ポイント

ルーの基本比率はバターと小麦粉が1対1。
これをじっくり炒めてから出汁やスープでのばすことで、なめらかなとろみが生まれる。フレンチの技法が、遠く離れた日本の食卓の味を決定づけたことになる。

海軍とカレーの意外な関係——「脚気」を防ぐ切り札に

イギリス風カレーが日本に定着する決め手となったのが、実は日本海軍だった。

明治期の海軍では、白米中心の食事による脚気(かっけ)——ビタミンB1不足による深刻な病気——が大きな問題になっていた。
長期の航海中に脚気で倒れる兵士が続出し、軍医の高木兼寛(のちに脚気予防の功績で知られる人物)らはイギリス海軍の食事にならって、麦や肉、野菜を積極的に取り入れる食事改革を進めた。

その中で白羽の矢が立ったのが、イギリス仕込みのカレーだった。理由は大きく3つある。

①栄養バランス
肉と野菜と穀物を一皿でまとめて摂取でき、脚気対策として重要だった麦の摂取量も自然に増やせる。

②実用性
とろみがあるおかげで、揺れる艦上でも汁がこぼれにくい。大量の兵士に一度に配膳する軍隊食として都合が良かった。

③人気の高さ
スパイスの効いた濃厚な味は、単調になりがちな艦上の食事の中で兵士たちに歓迎され、士気を保つ役割も果たした。

明治41年、教科書に残った”元祖”レシピ

1908年(明治41年)、海軍がまとめた調理マニュアル『海軍割烹術参考書』(”割烹術”は料理法の意味)には、小麦粉でとろみをつけるカレーのレシピがはっきりと記載されている。
これは単なる一料理人の工夫ではなく、軍という組織が”標準レシピ”として全国から集まった兵士たちに教え込んだという点が大きい。

当時の徴兵制度で全国から集められ海軍に入った若者たちは、任期を終えて故郷へ戻り、艦上で覚えたとろみカレーの作り方を家庭に持ち帰った。
いわば海軍は、レシピを全国に広める巨大な”配信網”の役割を果たしたことになる。

💭 そういえば確かに

カレーパン、カレーうどん、スーパーの固形ルー……日本生まれのカレー派生グルメの多くは、この小麦粉ルーの技法があってこそ成立している。

なぜとろみカレーが日本全国に広まったのか

海軍発のとろみカレーが決定的に一般家庭へ浸透したのは、戦後の固形ルー商品の登場による。
1950年代以降、各食品メーカーが板チョコ状の固形カレールーを次々と商品化し、誰でも鍋ひとつで本格的なとろみカレーを作れるようになった。

さらに学校給食にもカレーが取り入れられたことで、とろみのある甘口カレーは「懐かしい味」として世代を超えて刷り込まれていった。
こうして海軍発祥の一皿は、いつしか「日本の国民食」と呼ばれるまでの存在になったのだ。

友達に話したくなるカレー雑学

ちなみに海上自衛隊では今も、艦内で曜日感覚を保つために毎週金曜日にカレーを食べる習慣が続いている。
長期の任務では曜日の感覚が薄れがちなため、「金曜=カレー」というルールで生活のリズムを作っているという。
この習慣も、明治の海軍が始めたとろみカレーの伝統が、令和の今も受け継がれている証だと言える。

📋 この記事のまとめ

  • ✅ 日本のカレーのとろみは、インドではなくイギリス発のルー技法に由来する
  • ✅ ルーの技法自体は、バター×小麦粉を使うフランス料理がルーツ
  • ✅ 海軍は脚気対策・実用性・人気の3つの理由でカレーを採用した
  • ✅ 1908年(明治41年)『海軍割烹術参考書』にとろみカレーのレシピが記載されている
  • ✅ 戦後の固形ルー商品化と学校給食で、全国の家庭に定着した
  • ✅ 海上自衛隊の「金曜カレー」は、この伝統を今に伝えている

普段何気なく食べているとろみたっぷりのカレーライスに、まさかイギリスの宮廷料理と日本海軍の脚気対策が隠れていたとは、なかなか想像しづらい。
次にカレーを仕込むとき、このルーツをひとこと添えるだけで、厨房の会話がちょっと盛り上がるはずだ。

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