入ったばかりのころ、私は毎日仕込みが終わらなかった。朝イチで出勤して、先輩と同じ時間に作業を始めているはずなのに、気づいたらランチの営業前に先輩の手が止まり、私だけがまだ人参を刻んでいる。「なにやってんの?もう時間ないよ」という声が飛んできて、頭が真っ白になる——そんな日が何週間も続いた。
いま思えば、あのころの私は「速く動こうとするほど遅くなる」という罠にはまっていた。焦れば焦るほど手が乱れ、次に何をすればいいかわからなくなり、頭の中だけがグルグルと回り続ける。結局、時間が足りなくなるのはいつも「考えながら手を動かしているから」だった。
段取りというのは、料理の技術よりもずっと早く、入社初日から問われる能力だと思う。でも誰もその具体的な方法を教えてくれない。だからこそ、私が失敗しながら学んだことをここに書いておきたい。
📌 この記事でわかること
なぜ「段取り」がそんなに大事なのか
厨房は時間との戦いだ。ランチ営業が始まる、ディナーが始まる——そのタイムリミットは絶対に動かない。そこに間に合わせるためには、「何をいつまでに終わらせるか」という逆算の思考が不可欠になる。
先輩たちが速く見えるのは、「手が速い」からだけじゃない。次の動作に迷いがないのだ。今これを切りながら、頭の中では「これが終わったらあのソースを火にかけて、その間に野菜を洗う」というシナリオが回っている。身体が作業している間に、頭はすでに3手先を読んでいる。これが「段取りができている状態」だ。
逆に段取りができていない状態というのは、ひとつの作業が終わってから「次、何しよう」と考え始める状態だ。料理の仕込みは工程がバラバラに見えて、実は連動している。あれが終わらないとこれができない、これを火にかけている間にあれをやる——その連動を事前に組み立てられているかどうかが、仕込みの速さを大きく左右する。段取りとは「手の速さ」でなく、「頭の設計図を先に描けているか」の差だと私は思っている。
👨🍳 私の場合
段取りの大切さを痛感したのは、先輩の「手元」ではなく「目線」を観察したときだった。先輩はよく、作業しながら厨房全体をぐるりと見回していた。何かを確認しているのではなく、頭の中の「シナリオ」と現実の進捗を照らし合わせているのだと、あとになってわかった。あれが「段取りの現場」だったんです。
仕込みが遅くなる3つの原因
1年目の料理人が仕込みで詰まる原因は、だいたい3パターンに集約される。どれか一つでも当てはまったら、そこが改善の入口だ。
①「優先順位がわかっていない」 時間がかかる作業(煮込みやマリネ)を後回しにして、すぐできる作業から手をつけてしまう。気持ちはわかる。「早く何か片付けたい」という焦りが、簡単な作業に手を向けてしまうのだ。でもその結果、時間のかかる工程が終わらずに営業を迎えることになる。
②「ひとつの作業が終わるまで次を考えない」 たとえばお湯を沸かしている3分間、ただ待っている人は損をしている。その間に他の仕込みが進められる。待ち時間を制する者が仕込みを制する、といっても過言ではない。
③「手順を覚えていないのに確認しながら動く」 毎回「これ、次どうするんだっけ」と考えながら手を動かすのはとても時間がかかる。最初は仕方ないとしても、早い段階で手順を頭に入れて「考えなくても動ける」状態を作ることが重要だ。
💡 例えるなら
段取りができていない仕込みは「地図なしで知らない街を走る」ようなものだ。速く走ろうとしても、どこに向かえばいいかわからなければロスしかない。まず「地図(段取り)」を描いてから走り出す——それが仕込みスピードを上げる最短ルートだ。
先輩料理人がやっている「逆算」の段取り発想法
先輩たちがやっている段取りの本質は「時間のかかるものから逆算して並べる」という一点に尽きる。
出勤したらまず「今日の仕込みリスト」を頭の中(あるいは紙に)作る。そのなかから「火を通す時間が長いもの」「漬け込みが必要なもの」「冷やして固める必要があるもの」を最初に仕掛ける。これらは「放置している間に他の仕込みができる」ものだ。
次に「切り物」や「洗い物」など、自分の手が止まっている間は進まないものを間に挟む。こうすることで、複数の工程が並行して進み、全体の仕込み時間が圧縮される。仕込みは「直列」ではなく「並列」で動かすイメージを持つことが大切だ。
最後に確認作業(分量チェック、盛り付けの仕込みなど)を入れると、流れがきれいにまとまる。慣れてくると、この「シナリオ組み立て」が出勤直後の数分でできるようになる。最初は時間がかかって当然。大事なのは「毎日やる」ことで、少しずつ精度が上がっていくものだ。
✅ ポイント
「火を使う仕込み(煮込み・揚げ物の仕込みなど)は最優先で仕掛ける」→「その待ち時間に切り物・洗い物を進める」→「最後に盛り付け仕込みで締める」。この3段構成を意識するだけで、仕込みの流れが大きく変わる。
私が実践した「段取りメモ」のすすめ
頭の中だけで段取りを組もうとすると、どうしてもどこかが抜ける。特に1年目は仕込みの全体像がまだぼんやりしているので、一度「見える化」することが大事だ。
私がやっていたのは、出勤してすぐ3分だけ「今日の段取りメモ」を走り書きすることだった。「①出汁仕掛ける②野菜洗う③その間にソース仕込む」という感じで、順番と並行できる作業を書き出すだけでいい。これをやるとやらないとでは、仕込みの迷いが全然違う。
さらに私が試行錯誤して行き着いたのが、A4の紙に十字を引いて4つのエリアに仕込みを振り分ける方法だ。緊急度と重要度の軸で分けると、優先順位が一目でわかる。この詳しい使い方は別記事でじっくり紹介しているので、気になる方はそちらもぜひ読んでみてほしい。
👨🍳 私の場合
最初、先輩に「なに書いてるの」と笑われた。厨房でメモを取る1年生なんて珍しかったのかもしれない。でも仕込みの速さが目に見えて上がってからは、何も言われなくなった。むしろ別の後輩が同じことをしていたとき、先輩が「それいいよ」と言っていた——あれは少し誇らしかった。
今日からできる仕込みスピードアップの習慣3つ
段取り力は、一夜にして身につくものじゃない。でも、毎日少しだけ意識を変えるだけで、半年後には確実に変わっている。具体的にやるべきことは3つだ。
① 待ち時間をゼロにする意識を持つ お湯が沸くのを待っている、火が通るのを待っている——その時間に、次の作業を前倒しで進める。最初は「なんとなく」でもいい。だんだん「待ち時間の使い方」が上手くなってくる。1日5分の待ち時間を活かせれば、1ヶ月で2時間以上の差になってくる。
② 仕込み手順の暗記に投資する 休憩時間や帰りの電車の中でもいい。今日やった仕込みの手順を頭の中で追い直す習慣をつける。これを続けると、「考えながら動く」から「動きながら考える」に変わっていく。手が覚えている動作は、頭を使わない。その分、頭は段取り全体を見渡すために使える。
③ 一日の終わりに「今日の段取り」を振り返る 「今日どこで詰まったか」「あの段取りは間違えたな」という気づきを積み重ねることで、段取り力は確実に伸びていく。日記でも走り書きでもいい。言語化することで、同じミスを繰り返しにくくなる。
仕込みのスピードは、センスじゃなくて「思考の習慣」だ。地道に積み重ねれば、必ず先輩に近づける。あせらず、でも毎日一歩ずつ前に進んでほしい。
まとめ
📋 この記事のまとめ
- ✅ 段取りの本質は「手が速い」より「頭の設計図を先に描けているか」の差
- ✅ 時間のかかる工程(煮込み・漬け込みなど)から先に仕掛けて、待ち時間を並行作業に使う
- ✅ 出勤後3分の「段取りメモ」で仕込みの迷いを大幅に減らせる
- ✅ 仕込み手順の暗記と毎日の振り返りが、段取り力を着実に伸ばす



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