【命名の謎】「治部煮」はなぜ「治部」なのか——江戸の料理書に残る四百年の語源論争

料理と言語

「治部煮」は金沢を代表する加賀料理だ。

だが「治部」という漢字の意味を答えられる人はほとんどいない。

実はこの語源、江戸時代の学者から現代の研究者まで、四百年近く決着がついていない。

🦆 今回のテーマ

石川県金沢市の郷土料理「治部煮」。名前の由来には擬音語説から実在の武将の名前まで、性質の異なる複数の説がひしめいている。

江戸時代の料理書に残る「しふしふ」という音

治部煮の語源としてもっとも広く知られているのは、鴨肉を煮るときに「じぶじぶ」と音を立てるからという説だ。

この説の根拠とされるのが、1643年に成立した料理書『料理物語』である。

そこには「じぶとは 鴨のかわをいり だしたまりかげんして入 しふしふといはせ 後身を入申事也」という一文が記されている。

興味深いのは、現在の「じぶじぶ」ではなく「しふしふ」と表記されている点だ。

江戸初期の発音や表記のゆれを考えると、この「しふしふ」が数百年かけて「じぶじぶ」に転じ、料理名の「治部」という漢字表記に落ち着いていった可能性が指摘されている。

「熟鳧(じゅくぶ)」説——中国語由来の”鴨の煮込み”

もう一つの有力説は、「じゅぶ」という発音が「熟鳧(じゅくぶ)」の略だったというものだ。

中国語で「熟」は火を通したもの、「鳧」は鴨を意味する字で、合わせれば「鴨の煮込み」そのものを指す言葉になる。

📚 裏話・豆知識

筑波大学の研究者らが2007年に発表した論文では、加賀藩前田家に仕えた料理人が18世紀前期に著した『料理の栞』など複数の古文書を比較し、「じぶ」という名称が指す料理そのものが時代とともに変わってきた過程を明らかにしている。

同書には、雁や鴨、白鳥をそぎ切りにして麦の粉をまぶし濃い醤油味で煮る「麦鳥(むぎどり)」という料理と、鴨肉を鍋肌で焼いて汁をからめる「じぶ」という別の料理が、当時は区別して記録されていた。

岡部治部右衛門説——武将の名前が料理名になった?

三つ目は、豊臣秀吉の兵糧奉行を務めた岡部治部右衛門という武将が、朝鮮出兵の際に持ち帰った料理だからという説だ。

この説が正しければ「治部」という漢字表記はそのまま人名に由来することになり、当て字ではなく実在の人物の名前が料理名として定着した珍しい例ということになる。

ただし、これを裏付ける同時代の史料は見つかっておらず、後世になって語呂合わせ的に結び付けられた可能性も指摘されている。

二つの料理が混同されて生まれた、現在の「治部煮」

実は「麦鳥」と「じぶ」は、本来まったく別の料理だった。

だが19世紀前期までに両者は混同されるようになり、麦鳥のように小麦粉でとろみをつける調理法が「じゅぶ(熟鳧)」と呼ばれるようになったことで、現在の治部煮の形へと近づいていった。

🔤 言語的視点

さらに、キリシタン大名として知られる高山右近が加賀にいた時期に欧風料理を伝えたのが起源だという説まである。擬音語・中国語・武将の名前・南蛮渡来という、由来の性質がまったく異なる説が一つの料理名の下に並び立っているのは、治部煮ならではの特徴と言える。

四百年近く前の料理書に記された「しふしふ」というたった三文字が、なぜ「治部」という漢字に落ち着いたのか。

今も歴史学者や国語学者の間で、結論は出ていない。

一皿の郷土料理の裏には、江戸初期の料理書から現代の学術論文まで続く、長い論争の歴史が隠れている。

✅ まとめ

治部煮の語源には「じぶじぶ」という擬音語説、「熟鳧」という中国語由来説、岡部治部右衛門という武将由来説など、性質の異なる複数の説が並立している。根拠とされる1643年の料理書『料理物語』には、実は「じぶじぶ」ではなく「しふしふ」と記されていた。「麦鳥」と「じぶ」という別々の料理が19世紀前期までに混同され、現在の治部煮の形に近づいたこともわかっている。

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