【ことわざ・慣用句】「猫に鰹節」「豆腐にかすがい」——食べ物が例える、油断と徒労のことわざ

料理と言語

江戸の台所には、猫に近づけてはいけないものがあった。

鰹節である。

好物をそばに置けば、必ず隙をつかれる——そんな戒めが、慣用句として今も残っている。

今回は「猫に鰹節」「豆腐にかすがい」、そして仲間の「糠に釘」という、食べ物を使った三つのことわざを掘り下げる。

🍳 今回のテーマ

「猫に鰹節」は油断・誘惑を戒める言葉。「豆腐にかすがい」「糠に釘」は効果のなさを表す言葉。どちらも柔らかく、誘惑に弱いものを使って人の心理を言い当てている。

「猫に鰹節」は、なぜ危険を表すのか

猫に鰹節は、猫の大好物である鰹節をそばに置くように、油断できない状況、過ちが起こりやすい状況をたとえた言葉だ。

好物を管理させれば、いずれ食べられてしまう——それほど鰹節は猫にとって抗いがたいものだった。

江戸時代には、猫を他人に譲るときに鰹節を添えて贈る風習まであったというから、当時の人々にとって両者の結びつきがいかに強かったかがうかがえる。

出典は平賀源内、宝暦十三年の戯作の一節

この言い回しは、江戸中期の博物学者・戯作者である平賀源内が1763年(宝暦13年)に発表した『根南志具佐(ねなしぐさ)』という作品に由来するとされる。

作中には、焼いた鼠の番を狐に頼むことと、鰹節の番を猫に任せること、そのどちらも必ず失敗に終わるという趣旨の一節がある。

これが後に省略され、「猫に鰹節」という一言のことわざとして定着していったという。

源内は本草学者(薬草など自然物を研究する学者)・発明家として知られる一方、この作品では戯作(江戸時代に流行した娯楽小説)の書き手として、地獄の閻魔大王が歌舞伎役者に恋をするという奇想天外な筋立てで、江戸の町人社会を風刺してみせた。

「豆腐にかすがい」——手ごたえのなさを表す言葉

一方の豆腐にかすがいは、意味がまったく異なる。

これは、何をしても手ごたえがなく、効き目がないことのたとえだ。

「かすがい(鎹)」とは、材木と材木をつなぎとめるための、コの字形をした太い釘のこと。

硬い木材になら食い込むが、豆腐のような柔らかいものに打ち込んでも、スッと突き抜けてしまってまったく意味をなさない。

文献上の初出は、天保年間(1831〜34年、江戸後期)に成立した人情本(男女の恋愛や世相を描いた娯楽小説)『仮名文章娘節用』とされ、「異見はしても糠に釘、豆腐にかすがひ、きかぬが儘よ」という一節が残っている。

セットで語られる「糠に釘」という双子のことわざ

先ほどの引用にも一緒に出てきた糠に釘は、豆腐にかすがいとほぼ同じ意味で使われる言葉だ。

ふかふかの米糠に釘を打ち込んでも、抜けてしまって何の役にも立たないことから生まれたとされる。

江戸時代後期から使われ始めたことわざで、いろは47文字にことわざを当てはめた絵札遊び「いろはかるた」のうち、上方(関西)版にも採用された。

📖 言語的視点

意味も生まれた時代もほぼ重なる「豆腐にかすがい」と「糠に釘」が、どちらも消えずに使われ続けているのは珍しい。上方かるたを通じて西日本に根づいた「糠に釘」と、人情本から広まった「豆腐にかすがい」——広まった経路の違いが、二つの言葉を共存させたのかもしれない。

好物への誘惑に弱い猫と、柔らかくて手ごたえのない豆腐や糠。

江戸の人々は、暮らしの中にあった身近な食べ物の性質を借りて、人の心の隙や、努力の空しさを言い表してきた。

🍽 まとめ

「猫に鰹節」は油断・誘惑を戒める言葉、由来は平賀源内『根南志具佐』(1763年)。「豆腐にかすがい」「糠に釘」は効果のなさのたとえで、どちらも江戸時代の暮らしの中の食べ物から生まれたことわざ。

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