おせち料理の重箱の隅に、黄色い薄焼きが並んでいることがある。
断面を割ってみても、具らしい具は見当たらない。
ただ表面に、けしの実が振ってあるだけだ。
名前は「松風焼き」。
なぜ「松風」なのか、答えられる人は少ない。
🍳 今回のテーマ
「松風焼き」という名前に隠された、古歌のダジャレと武士の美学の話。
断面に何もない、不思議な焼き物
松風焼きは、鶏のひき肉やすり身に卵白・片栗粉・白味噌などを混ぜ、平たく焼き上げる料理だ。
表面にはけしの実を振るのが決まりで、裏面には何も付けない。
切り分けても、中に別の具材が仕込んであるわけではない。
「表にだけ飾りがあって、裏には何もない」——このシンプルすぎる構造こそが、実は名前の由来を解くカギになっている。
「浦」と「裏」——同じ響きに掛けられた古歌の言葉遊び
松風とは本来、海沿いの松林を渡る風のことを指す和歌の言葉だ。
古くから「松風の吹く場所には、入り江=浦(うら)がない」という言い回しが和歌の世界で使われてきた。
山あいの松林を抜ける風には、海辺特有の入り江の景色が伴わない、という情景描写である。
この「浦(うら)がない」が、同じ発音の「裏(うら)がない」に掛けられた。
裏がない、つまり「表と裏で違うことをしない」「隠し事がない」という意味に転じたわけだ。
特定の和歌一首が典拠というより、松林と海辺を詠んだ古歌に共通するイメージから生まれた、料理の名付けにまつわる言い伝えとして広く知られている説だ。
表面にしか具や飾りがなく、裏返しても何も出てこない松風焼きの構造は、この言葉遊びをそのまま形にしたものだった。
📝 豆知識
縁起を担いで名前を言い換える文化は、松風焼きだけではない。するめは「あたりめ」、昆布は「よろこぶ」、勝ち栗は文字通り「勝ち」。武家社会は、食卓の言葉選びにも験(げん)を担いだ——縁起を大切にした、ということだ。
二心(ふたごころ)なき膳——武士に好まれた出陣料理
「裏がない」という意味は、武士にとって特別な重みを持っていた。
戦国から江戸にかけての武家社会では、主君への忠誠に「裏表」がないことが最大の美徳とされた。
寝返りや内通は最も嫌われる裏切り行為であり、それを絶対にしないという誓いが、日々の言葉や振る舞いのあちこちに込められた。
出陣前や祝いの膳に「裏がない」料理を並べるのは、単なる縁起担ぎではなく、主君への忠義を目に見える形で示す一種の作法だったといえる。
するめを「あたりめ」、昆布を「よろこぶ」と読み替えたのと同じ発想で、松風焼きは「二心なき心」を皿の上に表現した一品だった。
華美な具材を使わず、表と裏の落差だけで意味を語る——武骨で実直な武家の美意識が、そのまま料理の形になっている。
おせちに残った「松風」——今も作られ続ける理由
武家の食から広まった松風焼きは、時代が下ってもおせち料理の定番として生き残った。
理由の一つは、実用性の高さにある。
平らに焼くだけなので重箱に隙間なく収まり、日持ちもする。
けしの実だけで彩りが出るため、忙しい年末の仕込みでも手間がかからない。
もう一つの理由は、意味そのものが新年の願いにふさわしかったことだ。
「裏表なく、まっすぐに一年を過ごせますように」という願いは、主君への忠義がテーマだった武家の時代から、家族の一年の無事を願う庶民の正月へと、意味の中心を変えながら受け継がれていった。
🌿 まとめ
「松風焼き」の名は、「浦(うら)」と「裏(うら)」という同じ響きの言葉遊びから生まれた。裏返しても何もない、そのシンプルな構造が「二心なき心」を表し、武士の美意識を経て、今も正月の願いとしておせちの重箱に収まり続けている。



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