【当て字・難読】「海老」「烏賊」「蛸」——生き物の見た目から生まれた海鮮の当て字三兄弟

料理と言語

「海老」という漢字を、分解して読んでみたことはあるだろうか。

海の老人と書いて、なぜエビになるのか。

「烏賊」も「蛸」も、よく見ると穏やかではない字が並んでいる。

🍳 今回のテーマ

海鮮の名前に当てられた三つの漢字——海老・烏賊・蛸——の由来をたどる。いずれも中国から来た漢字をそのまま使ったのではなく、日本で独自に意味を作り替えたり、まったく別の生き物を指す漢字を流用したりしている。

海老——腰の曲がった老人に見立てられた甲殻類

「海老」は中国には存在しない、日本で作られた当て字である。

エビの長いヒゲと、体を丸めた姿が、腰の曲がった老人に似ていることから「海の老人」という字が当てられた。

この漢字は、平安時代中期にあたる承平年間(931~938年ごろ)に、源順(みなもとのしたごう)という学者が編さんした辞書「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」にすでに記載がある。

一方、「えび」という読み方自体の由来は別にあり、江戸時代の学者・新井白石は、その色が葡萄(ぶどう。当時は「えびかずら」と呼ばれた)に似ていることに由来すると説明している(諸説の一つ)。

見た目から生まれた漢字と、色から生まれた読み方が、たまたま一つの言葉に重なっているわけだ。

烏賊——カラスを襲うという中国の伝説から生まれた漢字

「烏賊」の由来はさらに物騒だ。

5世紀ごろ、中国・南朝宋の時代に書かれたとされる地誌(地理をまとめた書物)「南越志」に、こんな話が記されている。

イカが死んだふりをして水面に浮かび、それをついばみに来たカラスに、長い腕を巻きつけて水中に引きずり込んだという。

カラスを表す「烏」と、賊(襲う者)を表す「賊」を組み合わせて「烏賊」という字が生まれた、というわけだ。

🍳 豆知識

ただし、これはあくまで中国の伝説であり、実際にイカがカラスを捕食する生態は確認されていない。そもそもカラスは海鳥のように海面で採餌する習性を持たないため、生物学的な信憑性は薄い言い伝えである。

蛸と鮹——同じタコを指しながら、生まれも中国での意味も違う二つの字

タコを表す漢字には「蛸」と「鮹」の二種類があるが、その正体はまったく異なる。

「蛸」は本来、中国で脚の長いクモの一種(蟏蛸=ジョロウグモに似た長脚のクモ)を指す字だった。

日本では、平安時代の918年ごろに深根輔仁(ふかねのすけひと)という宮廷医師が編さんした薬物辞典「本草和名(ほんぞうわみょう)」で、タコを「海蛸」=海のクモと表記した。

8本の脚をクモに見立てたこの呼び名が、のちに「蛸」一字に縮まって定着したとされる。

一方の「鮹」は、中国伝来の字体を使いながら日本だけで通用する意味を持たせた、いわば国字に近い漢字である。

918年の本草和名よりもさらに古い892年の「新撰字鏡(しんせんじきょう)」や、927年の「延喜式(えんぎしき)」にすでに登場する。

ややこしいことに、中国で「鮹」の字はタコではなく、アカヤガラという別の魚を指す漢字として使われている。

現代の食卓や飲食店のメニューでは「蛸」がもっぱら使われ、「鮹」は専門書や古い文献で見かける程度になっている。

📖 言語的視点

海老・烏賊・蛸、いずれの漢字も、892年から938年ごろという、わずか半世紀ほどのあいだに編さんされた辞書に姿を現す。まだ仮名文字が今のようには定着しきっていなかった時代、日本人は中国から伝わった漢字を借りながらも、目の前の生き物の見た目や伝説に合わせて、意味をつくり替えていった。

一つの生き物に、複数の漢字が競い合うようにして当てられていく。

その過程そのものが、当時の人々の観察眼と想像力を映し出している。

✅ まとめ

・「海老」は日本で作られた当て字で、老人に見立てた腰の曲がった姿に由来する
・「烏賊」は中国の伝説(カラスを襲うイカ)に由来するが、実際の生態ではない
・「蛸」は中国のクモを表す字の転用、「鮹」は日本独自の字で中国では別の魚を指す
・いずれも892年~938年ごろ、平安時代の辞書にすでに記載がある

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