【命名の謎】「福神漬け」はなぜ「福神」なのか——名付けたのは料理人ではなく戯作者だった

料理と言語

カレーライスの脇に、いつも添えられているあの赤い漬物。

「福神漬け」と呼ぶが、なぜ「福の神」なのか考えたことはあるだろうか。

実はこの名前、漬物職人がつけたのではない。

江戸から明治にかけて活躍した戯作者が、洒落っ気たっぷりに名付けたものだった。

名付け親は、漬物屋ではなく戯作者だった

福神漬けが生まれたのは明治18年(1885年)ごろとされる。

上野・不忍池のほとりにあった老舗漬物店「酒悦(しゅえつ)」の15代目・野田清右衛門が考案したと伝わる。

大根、茄子、蓮根、生姜、紫蘇の実、なた豆、しいたけなど、7種類前後の野菜を細かく刻み、醤油だれで漬け込んだものだ。

ところが、この漬物に「福神漬け」という名前を与えたのは野田自身ではない。

当時、食通としても知られた人気戯作者・梅亭金鵞(ばいてい きんが)だった。

💡 豆知識

梅亭金鵞は戯作(滑稽本や人情本などの通俗小説)を手がけた文人で、酒悦の漬物をいたく気に入り、洒落た名前を提案したと伝わっている。料理人ではなく文人がネーミングを担う、という組み合わせ自体が当時としては珍しかった。

「福神」の由来は、不忍池の弁天堂にあった

命名の鍵は、店があった場所そのものにある。

酒悦のあった上野・不忍池のほとりには、七福神の一柱である弁才天を祀る「弁天堂」が今も建っている。

梅亭金鵞は、漬物に使う野菜の品数を七福神になぞらえ、「福神漬け」と名付けたと言われている。

米を使わず、ご飯のお供として食べるだけで福を呼び込める——そんな縁起の良い響きを狙った、洒落た命名だったわけだ。

🔤 言語的視点

江戸から明治の庶民文化には、実際の材料や製法よりも語感や縁起の良さを優先して名付ける「見立て」の言葉遊びが数多くある。福神漬けはその典型例で、味そのものではなく「福を呼ぶ」という物語性が名前の核になっている。

カレーの相棒になったのは、大正時代の船旅がきっかけ

福神漬けが今のようにカレーライスと結びついたのは、もっと後の話だ。

大正時代、日本郵船が運航していた欧州航路の客船で、カレーライスの付け合わせとして福神漬けが提供されたのが始まりという説が有力だ。

長い船旅で単調になりがちな食事に変化をつけようと、コックが手近にあった福神漬けを添えたのがきっかけと伝えられている。

それが評判となり、やがて陸上のカレー専門店や家庭の食卓にも広まっていった。

今ではカレーに福神漬けがないと物足りない、という人も多いだろう。

「七種」のルールは、今ではゆるやかになっている

もともとは7種類の野菜を使うことから七福神になぞらえたとされる福神漬けだが、現在の製法は店によってさまざまだ。

5種類のものもあれば、10種類近くを使うものもある。

「七」という数字そのものより、「福を呼ぶ縁起物」というイメージだけが今に受け継がれている。

🍀 まとめ

「福神漬け」は、漬物職人ではなく戯作者・梅亭金鵞が名付けた、洒落と縁起を込めた言葉遊びの産物。不忍池の弁天堂にちなんだ「見立て」の命名が、大正時代の船旅をきっかけにカレーの黄金コンビへと育っていった。

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