「ねぎま」の「ま」は、鶏肉の「ま」ではありません。
焼き鳥屋で頼めば、鶏肉とネギが交互に刺さった串が出てきます。ところが名前のほうは、それとはまったく別の場所から来ています。
「ま」は「間」ではなく「まぐろ」だった
「ネギの間に肉を挟むから『ねぎ間』」という説明をよく耳にします。見た目にぴったり合う説明ですが、これは名前の意味が忘れられたあとに広まった後付けの解釈だとされています。
通説では、「ねぎま」は「ねぎ」と「まぐろ」を合わせた「ねぎまぐろ」の略です。漢字では「葱鮪」と書き、「鮪」はマグロのことです。
つまりこの名前は、もともとネギとマグロの組み合わせを指す料理名でした。
串になる前の「ねぎま」は鍋だった
江戸時代のねぎまは串ではなく鍋でした。マグロのぶつ切りとネギを、醤油味のすまし汁のような汁で煮込む庶民の料理です。
背景には、江戸末期のマグロ事情があります。当時のマグロは、主に赤身を醤油などのタレに漬けて保存する「ヅケ」にして食べられていました(寿司ネタの「漬け」と同じ発想です)。
一方、脂の多いトロは傷みやすく、冷蔵技術もなかったため、食用には向かない部位とされていました。
そのトロをネギと一緒に煮れば、脂が抜けて食べやすくなります。庶民の「もったいない」精神が生んだ鍋だといわれています。
🍡 豆知識
今や最も高価な部位のひとつであるトロが、当時は扱いに困る部位だったというのは、大きな逆転です。ねぎま鍋は、その「余りもの」を生かす知恵から生まれました。
マグロが高くなって、名前だけが残った
のちにマグロが高級品になると、手頃な鶏肉で代用するようになったと説明されています。鍋だった料理が、串に刺して焼く形へ変わっていきました。
いつ、誰が串にしたのかまでは、はっきりしません。ただ、材料のマグロが消えたあとも、「ま」だけが名前に残ったのは確かです。
💬 言語的視点
意味が分からなくなった言葉を、知っている言葉(間)で説明し直すことを「民間語源」といいます。「ねぎ間」説が広まったのは、「ま」がマグロだと忘れられた結果とも考えられます。
🍢 まとめ
「ねぎま」の「ま」はマグロ。江戸の庶民が食べたネギとマグロの鍋が、値上がりで鶏肉の串に姿を変え、名前だけが今も生き残っています。(由来には諸説あります)



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