研ぎ方を覚えてから、切れ味のある天井にぶつかった。
角度はキープしている。バリも確認している。
油性ペンで練習もした。それなのに先輩の包丁と自分の包丁を並べると、どこかワンランク違う。
悔しいけど、違う。「研ぎ方の問題か」と自分を疑い続けたが、あるとき気づいた。
問題は砥石だった。
それまで使っていたのは職場の共用砥石。誰が買ったかも、いつのものかもわからないものを複数人で使い回していた。
研ぎの技術が上がるほど、砥石の限界がはっきり見えてきた。シャプトン刃の黒幕を初めて使ったとき、感触からして全部違った。
今では#120から#30000まで揃え、義父から譲り受けた京都の天然砥石も加えて使っている。この記事では黒幕シリーズのメリットだけでなくデメリットも正直に書く。
他の人気砥石との比較もする。砥石選びで後悔してほしくないし、いい砥石を手に入れてほしいからだ。
📌 この記事でわかること
- 砥石が「研ぎの9割」を決める理由
- キング砥石・ナニワとの比較で見える黒幕の本当の強み
- シャプトン刃の黒幕のメリット・デメリット(正直に)
- 番手ごとの役割と、まず買うべき1本
- 天然砥石と「霞仕上げ」という別次元の話
砥石が「研ぎの9割」を決める、は本当だった
技術と砥石の関係は、料理における技術と食材の関係に近い。どれだけ腕が上がっても、素材が悪ければ料理の限界は上がらない。
砥石は研ぎにおける「素材」だ。
砥石の役割は研磨剤で、表面の砥粒が金属を削って刃の形を作る。砥粒の質が低ければ均一に削れず刃線がガタつく。
面が安定しない砥石では、どれだけ正確に角度を当てても刃が安定しない。技術を磨く前に、道具を整える——これは料理も研ぎも同じだと思っている。
💡 例えるなら
腕のいい大工でも、刃が欠けたノミでは仕事にならない。道具の質が技術の天井を決める——砥石もまったく同じだ。職場の共用砥石を使っていた頃、「研ぎ方が悪いのかも」と自分を疑い続けていた。黒幕に変えた瞬間、同じ動きで全然違う結果が出た。
他の砥石と比べてわかった、黒幕の本当の位置づけ
砥石を語るうえで避けて通れないのが「キング砥石」との比較だ。キング砥石(KW-65)は日本で最もポピュラーな砥石で、料理人も料理好きも最初に手にすることが多い定番品だ。
安価で砥泥がよく出て、柔らかい感触で研ぎやすい。ただし面が凹みやすく、水に浸す必要があり、長く使うと精度が下がりやすい。
入門には十分だが、毎日本気で研ぐには物足りなくなってくる。
ナニワ砥石(ナニワプロ/Chosera)は中〜上級者に人気の高品質砥石だ。キングより硬く、砥泥もよく出る。
感触はやわらかめで、蛤刃のように連続した角度変化を作る研ぎには向いている。黒幕より柔らかい分、砥石自体の減りは早い。
| 砥石 | 硬さ | 水浸し | 面の安定性 | 向いている人 |
|---|---|---|---|---|
| キング砥石 | 柔らかい | 必要(15〜30分) | △ 凹みやすい | 初心者・コスト重視 |
| ナニワプロ | 中程度 | 必要(数分) | ○ 比較的安定 | 蛤刃・柔らかい感触好み |
| シャプトン黒幕 | 硬い(セラミック) | 不要(即使用可) | ◎ 変形しにくい | 毎日研ぐ料理人・長期使用 |
「柔らかい砥石の感触が好き」という人にはナニワやキングが合う場面もある。
ただし毎日仕事で使う料理人として、長く安定して使えるかどうかという軸で選ぶなら、私は黒幕一択だ。
黒幕を使って変わったこと——メリット全部話す
黒幕を初めて手にして、一番最初に気づいたのは切れ味よりも「使い方」だった。それまでの砥石は水に15〜30分浸けてから使うタイプだった。
「今日研ごう」と思っても砥石を浸け置きする時間が必要で、急いでいるときは諦めることも多かった。黒幕は水にさっと濡らすだけで、その場で即使える。
この差は想像以上に大きい。
👨🍳 私の場合
私は3日に1回ほどのペースで研いでいる。タイミングは営業終了後、帰る前が基本だ。その日もう使わないと決まったら研ぐ——研いだ直後にまた使うと砥泥の洗い残しが気になるから。「仕事終わりに研ぐ」習慣が作れたのも、黒幕の手軽さがあってこそだと思っている。研ぎ終わって帰るとき、「明日の朝、この包丁で仕込みを始めるんだ」という気持ちになる。それがいい。
切削力も高く、少ない往復で刃が立ってくる感触がある。砥泥の出方も安定していて「ちゃんと削れている」という手応えが明確だ。
硬いからこそ面が変形しにくく、長く使っても精度が落ちにくい。一度買えば長く使える砥石だ。
正直に言うデメリット——こんな人には合わないかも
黒幕はメリットだけではない。正直に書く。
最大のデメリットは「硬さ」だ。柔らかい砥石は刃への当たりがやわらかく、蛤刃のように刃全体を連続して削るような研ぎがしやすい。
黒幕のような硬い砥石は、角度変化を細かくつけていく研ぎではやや「ぶつかる」感じがある。また研磨力が高い分、刃の減りがやや早め。
毎回深く研ぎすぎると包丁の寿命に影響する。
⚠️ こんな人は別の砥石も検討してみて
- 柔らかい砥石の感触が好きな人(ナニワやキングが合うかも)
- 蛤刃を砥石だけで作り込みたい上級者(連続した角度変化がつけにくい)
- とにかくコストを抑えたい入門者(キング砥石でまず感覚を掴む選択もある)
それでも私は黒幕を選ぶ。入門から上級まで同じ砥石を使い続けられる安定感は他にない。
「砥石を変えながら上達する」より「1本の砥石で深く使いこなす」方が、結果として早く研ぎが上達すると思っている。
番手の役割と私の研ぎルーティン
砥石には番手(粒度)があり、数字が小さいほど粒が粗い。どの番手をどの順で使うかで仕上がりが変わる。
番手を順番に上げながら前の番手でついた傷を細かくしていく——絵の重ね塗りと同じ発想だ。
✅ 各番手の役割まとめ
- #120・#320(荒砥)——刃の欠け修正、形の作り直し
- #1000(中砥・オレンジ)——メインの研ぎ。まず1本目
- #5000(中仕上・エンジ)——#1000の傷を消して刃を鋭く整える。2本目に揃えたい
- #12000(仕上砥)——磨き上げ。刃が光を反射するようになる
- #30000(超仕上・ムラサキ)——鏡面仕上げ。極める人向け
私の研ぎルーティンは2パターンある。毎日使っている包丁の3日おきの手入れは天然砥石→#12000で仕上げることが多い。
しばらく使っていなかった包丁を本格的に整えるときは、#1000→#5000→天然砥石→#12000の順で研ぐ。包丁によってはさらに#30000まで使う。

写真の中にある小さな石は名倉砥石といい、仕上砥の上でこすって砥泥を素早く出すための道具だ。砥石は使い込むと中央が凹むため、面直し砥石で定期的に平面を戻すことも忘れずに。
道具を整える道具まで揃えてこそ、研ぎの環境が本当に完成する。
まず買う1本——黒幕オレンジ(#1000)で研ぎが変わる
砥石をこれから揃える人に聞かれたら、迷わず「黒幕のオレンジ(#1000)から」と答える。日常の包丁手入れの大半はこの1本で完結する。
今まで使っていた砥石と比べると、刃が立つスピードが明らかに違う。「これが砥石の差か」と実感できる瞬間がある。
次に揃えるなら#5000(エンジ)だ。#1000でついた傷を消しながら刃線をさらに鋭く整えてくれる。
この2本があれば日常の研ぎはほぼカバーできる。まず#1000を使い始めて、「もうひとランク上げたい」と思ったときに#5000を追加する——この順番が一番無駄がない。
🔪 シャプトン 刃の黒幕シリーズ — 揃える順番
#5000 エンジ
傷を消して鋭く
リンク追加予定荒砥(欠け修正・形の作り直し用)
天然砥石と「霞」——黒幕では出せない刃の表情
私の砥石の中に、黒幕とはまったく性格の違う1本がある。義父から譲り受けた京都産の天然砥石だ。
黒くてゴツめの石で、見た目からして人工砥石とは存在感が違う。
義父はホテルのシェフで、長年使い込んできた砥石を「使ってみろ」と手渡してくれた。私が感じる番手感覚はおよそ#8000ほど——これは体が覚えていくものだ。
黒幕で仕上げると、刃はどんどんツルツルと光を反射するようになる。天然砥石で仕上げると、刃が少しくすんだ表情になる。
鏡面のようなピカピカではなく、マットで落ち着いた仕上がりだ。「霞仕上げ」は和包丁特有の技法なので正確には別物だが、この天然砥石特有のくすみ感がなんとなくいい。
感覚的なものかもしれないが、私はこの仕上がりが好きだ。
👨🍳 霞と鏡面、気分で使い分ける
鏡面にしたいときは黒幕の高番手で仕上げる。霞の仕上がりにしたいときはあえて天然砥石で締める。どちらが正解ということはなく、その包丁をどう使いたいかで選んでいる。義父からもらった砥石で研ぐたびに、ホテルの厨房でこの石を使っていた義父のことを思う。道具には物語がある。
#30000の世界——鏡面を追い求めた先にあるもの
#30000まで揃えたのは、鏡面仕上げへの純粋な興味と「最高の切れ味がここにある」という確信があったからだ。#30000まで使った刃を光に当てると、ほぼ完全な鏡になる。
刺身など繊細な仕事では断面の美しさが違う。「どこまで追えるか確かめたかった」という料理人としての性みたいなものが、この番手を揃えさせた。
#30000は実用より「極める」ための番手だ。でも、そこまで行き着いた先に見える景色は確実にある。
研ぎ方の基本についてはこちらの記事で詳しく書いている。砥石を買う前にぜひ読んでほしい。
まとめ
📋 この記事のまとめ
- ✅ 研ぎ方が正しくても砥石が悪ければ切れ味の天井は上がらない——砥石は研ぎの素材
- ✅ キング砥石は入門向け、ナニワは柔らかい感触派、黒幕は毎日研ぐ料理人向け
- ✅ 黒幕の強みは「硬くて変形しない」「濡らすだけで即使える」の2つ
- ✅ デメリットは「硬さゆえの研ぎづらさ」と「削る力が強い分、包丁の減りが早め」
- ✅ まず1本はオレンジ(#1000)、次に#5000エンジで日常の研ぎはほぼカバーできる
- ✅ 黒幕は鏡面仕上げ、天然砥石は霞仕上げ——目的と気分で使い分ける
- ✅ #30000は実用より「極める」ための番手。でもそこに向かって進むのが面白い



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