【命名の謎】「有馬煮」はなぜ「有馬」なのか——温泉地の山椒が、煮物の名前になった理由

料理と言語

兵庫県神戸市、有馬温泉。

「日本三古湯」——道後温泉・白浜温泉と並び、日本最古とされる三つの温泉地のひとつに数えられる名湯だ。

だが、この地名には温泉だけでなく、もうひとつの顔がある。

日本料理の調理法の名前として、今なお厨房で使われ続けているのだ。

「有馬煮」——魚や肉を甘辛く煮て、仕上げに山椒を効かせる料理法。

なぜ温泉地の名前が、煮物の名前になったのだろうか。

「有馬山椒」は鎌倉時代から評判だった

有馬に伝わる山椒は、「有馬山椒」と呼ばれる。

六甲山系に自生する山椒の一種で、柑橘系の強い香りと際立つ辛みが特徴だ。

鎌倉時代にはすでに、香りがよく柔らかいと評判を得ていたと伝わる。

室町時代になると、湯治(温泉に長期滞在して療養すること)に訪れた客に、周辺の山でとれた山椒を松茸と炊き合わせてもてなした記録も残っている。

佃煮が湯治土産になった明治の出来事

有馬と山椒の関係を決定づけたのは、明治時代初期の出来事だった。

実山椒(乾燥させる前の、生のままの山椒の実)を醤油でじっくり煮た佃煮が、「有馬山椒」という名の土産物として評判を呼んだのだ。

全国から湯治に訪れた客たちの口コミによって、この佃煮の名前は日本各地へ広まっていった。

有馬には室町後期の1559年創業と伝わる佃煮の老舗「川上商店」があり、山椒の佃煮づくりを今に受け継いでいる。

🗾 言葉としての「有馬」

産地の名前が、そのまま調理法の名前になる——これは日本料理にしばしば見られる命名のパターンだ。「有馬煮」もそのひとつで、山椒を効かせて煮る技法そのものを指す言葉として、産地を離れて一人歩きするようになった。

煮るだけでなく、揚げても蒸しても「有馬」

山椒を使うのは煮物に限らない。

衣に山椒を混ぜて揚げれば「有馬揚げ」、山椒を効かせて蒸せば「有馬蒸し」と呼ぶ。

つまり「有馬」は一皿の料理名ではなく、山椒を主役にした調理法全般を示す言葉になっているのだ。

川魚や青魚の臭みを消す狙いで実山椒を使うこの技法は、現代の和食店でも現役で使われている。

秋刀魚や鮎を山椒とともに煮る一品は、居酒屋や割烹の献立に今も並ぶ。

まかないやお通しで山椒を使った煮魚を出すとき、メニューに「〇〇の有馬煮」と書けば、それだけで一手間かけた技法であることが伝わる。

山椒は希少になっても、名前は生き続ける

皮肉なことに、名前の由来となった天然の「有馬山椒」そのものは、姿を消しつつある。

1960年代以降、有馬の山中で自生する山椒を採取する担い手が減り、産地としての存続が危ぶまれていると言われる。

地元では山椒の木を植え直し、特産品として復活させようという取り組みも進められている。

本家本元の山椒が希少になった今も、「有馬煮」という調理法の名前だけは、全国の厨房に生き続けている。

🍳 まとめ

「有馬煮」の「有馬」は、兵庫県の温泉地の名前だった。鎌倉時代から評判だった「有馬山椒」が、明治の湯治土産として全国に広まり、産地の名前がそのまま調理法の呼び名になった。産地の山椒が希少になった今も、名前だけは全国の厨房で使われ続けている。

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