「から揚げ」の「から」を、味付けの「辛い」だと思い込んでいる人は少なくない。
だが、これは誤解だ。
実はこの「から」、漢字にすると「空」と「唐」の二通りが存在し、どちらが正しいのかいまだに決着していない。
🍳 今回のテーマ
「から揚げ」の「から」に隠された、二つの漢字の攻防戦。
「から」は辛味ではなく「空」だった説
まず有力なのが「空揚げ」表記だ。
ここでの「空(から)」は、衣らしい衣をつけない、あるいは片栗粉や小麦粉をごく薄くまぶしただけの状態を指す言葉だ。
天ぷらのようにたっぷりの衣をまとわせる揚げ方とは対照的に、「素材そのものを空(から)の状態に近いまま油に落とす」という調理法の説明が、そのまま名前になったというわけだ。
江戸時代の料理書にはすでにこの「空揚げ」という調理用語が見られ、魚や野菜を軽く粉をまぶして揚げる技法として使われていた。
もう一つの候補、「唐揚げ」は禅寺から来た
一方の「唐揚げ」説は、まったく別の場所から来ている。
1654年、中国の禅僧・隠元隆琦(いんげんりゅうき)が日本に渡来した。
彼が開いた黄檗宗(おうばくしゅう)は、中国から新しく伝わった禅宗の一派だ。
その総本山、京都・宇治の萬福寺は1661年に建立され、そこでは法要の後に振る舞われる中国風の精進料理「普茶料理(ふちゃりょうり)」が伝えられた。
普茶料理では、肉を使わない代わりに豆腐や野菜を油で揚げて食感とコクを出す技法が多用され、その一部が「唐揚げ」と呼ばれていたと伝わる。
ここでの「唐」は当時の日本人が中国由来の物事全般に使った接頭語で、「唐辛子」「唐草模様」などと同じ用法にすぎない。
🈂️ 言語的視点
「空」と「唐」はどちらも音は同じ「から」。当て字が二系統生まれ、後から意味の違う言葉同士が合流してしまうのは、日本語の漢字表記ではよくある現象だ。
肉の「から揚げ」は昭和になってから広まった
ややこしいのは、今わたしたちが思い浮かべる「鶏の唐揚げ」が、これら江戸時代の技法とは別の道筋で広まったことだ。
鶏肉を使った「から揚げ」がメニューとして定着したのは、記録に残る限りではかなり後のことになる。
銀座で今も営業を続ける老舗洋食店・三笠会館は、1932年の開業当初から「若鶏のから揚げ」を看板料理にしていたと伝えられ、鶏の唐揚げを広めた店の一つとされる。
戦後、食糧難を経て鶏肉が手に入りやすくなると、揚げ物としての「から揚げ」は家庭料理としても急速に広まっていった。
つまり「調理法としての名前」が先にあり、「鶏肉料理としての中身」が後から名前に追いついた格好だ。
今も「空揚げ」「唐揚げ」「から揚げ」が併存するワケ
結局のところ、国語辞典の多くは「空揚げ」「唐揚げ」の両方を併記し、どちらが本家かを断定していない。
大手食品メーカーやチェーン店の表記もまちまちで、公式には仮名書きの「から揚げ」を採用するところも多いが、店頭の看板やメニューでは「唐揚げ」の字が使われる場面のほうがよく見かけられる。
語源がひとつに定まらないまま、両方の字が併走し続けているというのは、料理名としてはむしろ珍しいケースだ。
🌿 まとめ
「から揚げ」の「から」は、衣をつけない調理法を指す「空」説と、禅寺の精進料理から来た「唐」説の二つが並走している。鶏肉料理として全国区になったのは昭和以降で、言葉の由来と今の中身は別々の歴史を歩んできた。



コメント