アメリカのスーパーで「Teriyaki Sauce」の瓶を手に取ると、原材料表示に見慣れない言葉が並んでいることがある。
ニンニク、ショウガ、ときにはディルまで。
日本の照り焼きのタレなら、醤油とみりん、酒さえあれば十分なはずだ。
実はこの「teriyaki」、英語圏では日本の照り焼きとは別のものとして、独自に育った言葉になっている。
「照り」と「焼き」——もとは魚を艶やかに仕上げる技法だった
照り焼きの「テリ」は、光沢を意味する「艶(つや)」から来ている。
タレを塗り重ねて焼き上げると、表面がつやつやと輝く。この見た目の変化が、そのまま料理名になった。
料理人の間では、仕上げに味醂や煮詰めたタレを刷毛で塗って光らせる作業を「テリを出す」と呼ぶ。
基本のタレは醤油・味醂・酒だけという、シンプルな配合だった。
🍡 裏話・豆知識
辞書に載る「照り焼き」の使用例としては、1874年(明治7年)に服部誠一が著した『東京新繁昌記』が古い例として挙げられている。江戸時代の料理書『御本式料理仕向』にも照り焼きに関する記述が見られ、少なくとも江戸期にはすでに定着した調理名だったと考えられている。
ハワイに渡った日系移民が、最初の変身をもたらした
19世紀末から20世紀初頭にかけて、多くの日本人がサトウキビ農園の労働者としてハワイに渡った。
彼らは故郷の味を再現しようとしたが、日本と同じ調味料は手に入らなかった。
そこで代わりに、現地で手に入る生姜、黒砂糖、パイナップルジュース、ねぎを加えてタレを作り直した。
甘みと酸味の強いこの「ハワイ風照り焼き」が、後にアメリカ本土へ伝わるテリヤキの原型のひとつになったと言われている。
1961年、キッコーマンが「瓶に詰めたテリヤキ」を売り出した
決定的な転機は1961年に訪れた。キッコーマンがアメリカで、瓶入りのテリヤキソースを発売したのだ。
開発のきっかけは、現地アメリカ人従業員からの提案だったという。
醤油にワインとスパイスをブレンドし、誰でも肉や魚にかけるだけで「照り焼き風」の味を再現できるようにした。
この商品は発売直後から年間30〜50%というペースで売上を伸ばし、1968年にはカリフォルニアの企業と提携して現地生産も始まった。
💬 言語的視点:調理法から製品名への転換
日本語の「照り焼き」は「照りを出しながら焼く」という動作を含む言葉だが、瓶詰め商品として広まった結果、英語の teriyaki は “a bottle of teriyaki sauce” のように数えられる製品名として扱われるようになった。調理の手順を表す言葉が、棚に並ぶ調味料の名前へと置き換わったわけだ。
シアトルが「テリヤキの聖地」になるまでの40年
もうひとつの転機は、1976年のシアトルで起きた。
日本からの移民だった笠原敏博という人物が、シアトル中心部に近いクイーンアン地区の一角にテリヤキ専門のファストフード店を開いたのだ。
チキンやビーフのテリヤキとうどんを1.85ドルで提供するスタイルは、地元紙の好意的な記事をきっかけに客足が3〜4倍に伸びたという。
1980年代以降は、もともとサンドイッチ店などを営んでいた韓国系移民のオーナーたちがテリヤキ弁当の人気に着目して次々と商売替えし、やがてシアトルのテリヤキ店の大半を占めるようになった。
2010年には、市内のテリヤキ店の数がマクドナルドの店舗数を上回ったとも報告されている。
🍡 裏話・豆知識
1.85ドルの小さな専門店から始まったシアトルのテリヤキ文化は、40年足らずで「市内の店舗数がマクドナルドを上回る」と言われるほどの規模に広がった。今ではシアトルのテリヤキ店の多くを韓国系移民のオーナーが営んでおり、日本発祥の料理名がハワイと韓国系コミュニティの手を経て独自に育っていった珍しい例になっている。
面白いのは、日本でも同じ1970年代に、テリヤキ味の新しい料理が生まれていたことだ。
モスバーガーは1973年、味噌を隠し味にした「テリヤキバーガー」を発売している。
「これはアメリカ生まれのテリヤキソースが日本に逆輸入されたものだ」という説を見かけることがあるが、モスバーガー自身の説明にそうした経緯は見当たらない。日本人の舌に合うハンバーガーを作ろうとした末に、国内で独自に生まれた発想だったようだ。
一方で、アメリカ風の濃厚なテリヤキソースの味わいが、近年は日本の商品にも影響を与えているという指摘もある。
照り焼きという言葉は、太平洋を挟んで今もなお形を変え続けている。
✅ この記事のポイント
- 照り焼きの「テリ」は光沢の「艶」、「ヤキ」は焼くという意味の日本語
- ハワイに渡った日系移民が、現地の食材でタレをアレンジしたのが最初の変化点
- 1961年、キッコーマンの瓶入りソースが「teriyaki=ソース」というイメージを定着させた
- シアトルでは1976年以降、テリヤキが独自のファストフード文化として発展した
- モスバーガーのテリヤキバーガー(1973年)はアメリカの影響ではなく、日本独自の発想だったとされる
- スーパーで見分けるなら、原材料表示にガーリックやジンジャー、ハーブ類が入っているものは北米仕様のテリヤキソースと考えてよい



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