こんな話、一度は聞いたことないでしょうか?「パスタを茹でるときは、湯に油をひと回し入れておくと麺がくっつかない」。
家で親がやっていた。料理本で見た。前のバイト先で先輩がやっていた。入り口は人それぞれですが、気づけば手が勝手にオリーブオイルのボトルに伸びている。そんな人、けっこう多いはずです。
ただ、その一滴。湯の中では、あなたが思っているほど働いていません。今回は、無意識に続けているこのクセを、今わかっていることで見直してみます。
引退
今回の常識判定
「パスタの茹で湯に油を入れると、くっつかない」
湯に入れた油は表面に浮くだけ。くっつきを防ぐのは湯の量とひと混ぜ。
- 茹で湯に入れた油が、麺のくっつき防止にほとんど効かない理由
- パスタがくっつく本当の原因と、厨房での防ぎ方
- それでも油が役に立つ場面(タイミングが違うだけ)
常識の履歴書:なぜ「湯に油」が広まったのか
最初に言っておくと、この常識を広めた人たちが適当だったわけではありません。ちゃんと「効いた気がする」理由がありました。
ひとつは、茹でたあとの麺に油をからめると、本当にくっつかないこと。湯切りした麺を少し置いておくと、表面のデンプンが乾いて麺同士がくっつきます。そこに油を薄くまぶすと、表面に膜ができてくっつきにくくなる。これは今でも通用する方法です。「茹でたあとに効くなら、茹でる湯に入れても効くだろう」と考えるのは、自然な流れだったはずです。
もうひとつは、家庭の鍋の事情です。小さな鍋に少ない湯でパスタを茹でると、麺が動けずにくっつきやすくなります。そんな中で油を入れて、ついでによく混ぜていたら、「油のおかげでくっつかなかった」と感じても不思議ではありません。
さらに、油には吹きこぼれを抑える効果もあります。湯の表面にある油に泡がふれると、表面張力の差で泡がはじけやすくなるからです(アメリカのフロストバーグ州立大学の化学教材による)。火加減を細かく調整しにくい環境なら、それだけでも入れる価値は十分にありました。
で、実際どうなの?
結論から言うと、茹で湯に入れた油は、ほとんどが湯の表面に浮いているだけです。
油と水は混ざりません。油のほうが軽いので、湯の中に入れても上に集まって、表面に油の輪ができます。麺がくっつくかどうかが決まるのは、湯の「中」で麺が柔らかくなっていくとき。肝心の場所に、油はほとんど届いていないわけです。
パスタメーカーのバリラは、公式サイトのよくある質問で「茹で湯に油を入れても、パスタがくっつくのは防げない」とはっきり答えています。調味料メーカーのクノールも、油は湯の上に浮いて麺と混ざらないので、くっつき防止にはおすすめしない、と説明しています。
油と水が混ざらないのは、分子の性質が違うからです。水の分子は電気的なかたよりがあって、水同士でくっつき合います。油の分子にはそのかたよりがほとんどなく、水の輪の中に入っていけません。しかも油は水より軽いので、湯の中に入れても表面に集まります。茹で湯の中で麺に油の膜を作るのは、そもそも難しいのです。
パスタがくっつく、本当の原因
では、何がくっつきを決めているのか。ポイントは「湯の量」と「入れた直後の動き」の2つです。
乾燥パスタは、湯に入れると表面から柔らかくなり、デンプンが溶け出してきます。このとき麺同士が密着したまま動かないと、表面のデンプンがのりのように働いて、くっついてしまいます。
だから大事なのは、麺が湯の中で自由に動ける状態を作ること。日清製粉ウェルナは、パスタの重さの10倍の水(100gなら1リットル)を、大きめの深い鍋で沸かすよう案内しています。クノールも、湯が少ないと麺同士がこすれてデンプンが出て、くっつく原因になると説明しています。
もうひとつが混ぜるタイミングです。麺を入れたら、ほったらかしにしない。クノールは、入れて1分ほど置いてから最初にやさしく混ぜる、という目安を出しています。日清製粉ウェルナも、時々かき混ぜながら茹でるよう案内しています。入れたら麺を湯に沈めて広げ、1分前後で一度しっかりほぐす、と覚えておくと迷いません。
ちなみに、茹で湯の塩加減については「パスタの茹で塩——「海水くらい」は本当に正しいか」で詳しく書いています。
油がむしろ邪魔をする場面
くっつき防止に効かないだけなら「まあ、入れても害はないでしょ」で済む話です。ところが、場面によっては油が足を引っ張ることもあります。
湯の表面に浮いた油は、湯切りのときに麺の表面にからみます。アメリカで活躍するイタリア料理のシェフ、リディア・バスティアニッチは「油が麺をコーティングして、ソースがからみにくくなる」として、茹で湯に油を入れないよう強く勧めています。
ソースと麺がまとまるのは、茹で汁に溶け出したデンプンが、油と水をつなぐ役目をしてくれるからです。仕組みは「パスタの茹で汁がソースを繋ぐ理由——乳化とデンプンの科学」で解説しているので、ここでは短く。ソースをからめたい麺の表面に、わざわざ油の膜を作る必要はない、ということです。
お店では、どうしている?
厨房でくっつきを防ぐときに頼りにしているのは、油ではなく「段取り」です。
- 湯はたっぷり。一度にたくさん入れすぎない
- 麺を入れたら、最初にほぐすように混ぜる
- 吹きこぼれそうになったら、火加減で調整する
吹きこぼれについても、日清製粉ウェルナは「さし水はせず、火加減を調整」と案内しています。差し水をすると、湯の温度が一時的に下がってしまうからです。今のコンロなら、吹きこぼれは火加減でも止められます。油を入れるとしても、それは吹きこぼれ対策であって、くっつき防止とは別の話です。
じゃあ厨房で油の出番はないのかというと、そんなことはありません。出番が「湯の中」から「湯切りのあと」に移っただけです。
茹でてから少し時間を置く麺(ピーク前に茹でておく麺など)には、湯切りしたあとに油を薄くからめて、くっつきを防ぐ方法が今も使われています。パスタサラダ用の麺なども同じです。つまり、油がくっつきを防ぐのは本当。効くのは「茹でたあと」というだけの話です。ただし、茹でた麺類はセレウス菌による食中毒の原因食品のひとつとされていて、油をからめても菌が減るわけではありません。室温に放置せず、冷まし方や保存の時間はお店のルールに必ず従ってください。
まかない実験:油、本当に麺まで届いてる?
自分の目で確かめるのがいちばんです。まかないでパスタを茹でるとき、こんなところを見てみてください。
- 油を入れた湯の表面を見る。油はどこにあるか。麺のまわりか、湯の表面か
- 湯の量を減らした鍋と、たっぷりの鍋で茹でたとき、くっつき方に差が出るか
- 入れてすぐ混ぜたときと、しばらく放っておいたとき、どちらがくっつくか
- 油を入れた湯で茹でた麺と、入れない湯で茹でた麺で、ソースのからみ方に差を感じるか
結果は、ぜひ自分の舌と目で判断してください。湯の量と混ぜるタイミングのほうが、油よりずっと結果を左右することが見えてくるはずです。
先輩に「油入れとけ」と言われたら
ここで大事なのは、先輩を言い負かすことではありません。お店にはお店の理由があることもあります。
レベル1:「はい」で通す。お店のやり方として決まっているなら、まずはそれに従うのが基本です。油ひと回しで料理が台無しになるわけではありません。
レベル2:理由を聞く。「油を入れるのは、くっつき防止のためですか?」と、純粋に聞いてみる。吹きこぼれ対策や、茹で置きのためなど、そのお店ならではの理由が出てくるかもしれません。
レベル3:提案する。信頼関係ができてからなら、「湯を多めにして最初に混ぜたら、油なしでもくっつかなかったです」と、試した結果として伝えてみる。
言わないほうがいい一言:「それ、意味ないらしいですよ」。正しい知識でも、言い方ひとつで相手のやり方を否定するだけになります。
- ☐ 湯が沸いたら、なんとなく油を入れている
- ☐ 鍋が小さいのに、麺を一度に全部入れている
- ☐ 麺を入れたあと、しばらく触らずに放置している
- ☐ 吹きこぼれそうになると、差し水をしている
- ☐ くっついたら、油が足りなかったと思っている
ひとつでも当てはまったら、次は湯の量と、最初のひと混ぜから見直してみてください。
今日から変わること
茹で湯の油をやめても、パスタは困りません。代わりに気にかけるのは、湯の量と、入れた直後のひと混ぜ。それだけで、くっつきはかなり防げます。
そして油は、捨てるのではなく使いどころを変える。茹でたあとの麺に薄くからめる、仕上げに香りを足す。そういう場面では、今でもちゃんと仕事をしてくれます。
- ☐ 茹で湯に入れた油は、ほとんどが表面に浮いていて麺に届きにくい
- ☐ くっつきを防ぐのは、たっぷりの湯(目安は麺の10倍)と、入れて早いうちのひと混ぜ
- ☐ 湯の油が麺の表面につくと、ソースがからみにくくなるという指摘もある
- ☐ 吹きこぼれは、差し水ではなく火加減で防ぐ(油にも抑える効果はある)
- ☐ 油が効くのは「茹でたあと」。置いておく麺には湯切り後に薄くからめる
タイトル、ちょっと盛りました度
5段階中3。「ほぼ仕事してません」は、くっつき防止の話としては本当。ただ、湯の油は吹きこぼれを抑える仕事はしているし、茹でたあとの油もちゃんと働くので、そこは盛りました。
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