家では普通にやってたのに、厨房で初日に止められた。そんな経験、ありませんか?
たとえば、まかないや社員食堂の煮物を「いつもの家のレシピの10倍」で作ろうとしたとき。醤油も10倍、塩も10倍、水も10倍。計算は完璧なのに、先輩に「それ、そのまま入れたらあかんで」と止められる。
いや、算数的には合ってるやん。そう思ったあなたの感覚は、半分は正しいです。でも、残りの半分が厨房では通用しません。今回はその「半分」がどこなのかを、鍋の中で起きていることから整理していきます。
アリ
今回の常識判定
「レシピを10倍にするなら、塩も10倍」
塩を割合で考えるのは正しい。でも大きな鍋では水の減り方が変わり、出来上がりの量が10倍ちょうどにならない。
この記事でわかること
- 「全部10倍」のどこが合っていて、どこがズレるのか
- 大きな鍋だと、なぜ水が減りにくいのか
- 厨房で塩を「割合」と「重さ」で考える理由
常識の履歴書:なぜ「全部10倍」で済むと思うのか
家のレシピは、だいたい2〜4人分で書かれています。2倍にしたいときは全部を2倍にする。これで困った経験は、あまりないはずです。
理由はシンプルで、家で2倍にするくらいなら、鍋の大きさも火の強さも、ほとんど変わらないからです。同じ鍋で量が少し増えるだけなら、水の減り方も、煮える時間も、レシピからそれほどズレません。
つまり「全部を同じ倍率で掛ける」は、家の台所では理にかなったやり方です。決して雑な考え方ではありません。ただ、この方法が成り立つには「鍋の中の条件が変わらない」という前提があります。10倍、20倍になると、その前提のほうが崩れていきます。
家の2倍、3倍くらいなら、レシピを掛け算してほぼ困りません。気をつけるなら、水を気持ち控えめにして、塩は最後に味見しながら合わせること。それだけで「なんか薄い」はだいぶ防げます。
で、実際どうなの?塩は「何倍」ではなく「何%」で決める
まず、合っているほうの半分から。
料理の塩加減は、プロの世界では「材料の重さに対して、塩が何%か」で考えます。たとえば、保健所が出している資料では、煮物なら材料の重さの1.0〜1.2%、炒め物なら0.8%が塩分の目安です。汁物の場合は、具ではなく汁の重さに対する割合で考えます。
この考え方なら、材料が10倍になれば、塩も10倍。ここまでは家の感覚で合っています。問題は、鍋の中で「10倍」が10倍のままでいてくれないことです。
では、何がズレるのか。いちばん大きいのは水の減り方です。
煮ている間、水は鍋の水面から蒸発していきます。火力でも変わりますが、同じ火なら水面が広いほど、よく減ります。ところが、鍋を大きくしても、水面の広さは量と同じ倍率では増えません。形が同じまま容量を10倍にした鍋なら、口の広さは計算上だいたい4.6倍。量あたりの水面は、半分以下になります。
実際、学校給食や管理栄養士の勉強でも、大量調理は少量調理より蒸発率が小さいことが、基本として教えられています。全体の量に比べて空気に触れる面が小さく、熱もゆっくり伝わるからです。
すると、家と同じ倍率で水を入れると、煮上がったときの汁は10倍より多く残ります。塩をきっちり10倍入れても、汁が多いぶん、家で作ったときより味は薄くなりやすい。同じ味にするのに必要な塩は、ぴったり10倍とは限らないわけです。逆に、薄いからと長く煮詰めれば、今度は具が崩れたり、煮詰まりすぎたりします。だから大量に作るときは、塩の割合は変えずに、水を控えて出来上がりの量をそろえる。これが答えの軸になります。
翌日の味噌汁がしょっぱくなる仕組みも、同じ「蒸発」の話です。気になる人は味噌汁が翌日しょっぱくなる理由もどうぞ。蒸発をコントロールする道具の話は落とし蓋はなぜ必要なのかにまとめています。
- 塩分の目安(材料の重さに対する塩分):煮物 1.0〜1.2%、炒め物 0.8%、塩焼き 1.0%(那覇市保健所の資料より)
- 同じ小さじ1杯(5ml)でも、食塩・精製塩は6g、天然塩(特殊製法)は5g。スプーンだと、塩の種類で重さが変わる(同上)
- 形が同じまま容量を10倍にした鍋は、口の広さ(水面の面積)が約4.6倍にしかならない。量あたりの水面は半分以下(計算上の話)
- 大量調理の蒸発率は、少量調理より小さい(管理栄養士国家試験 第33回 問176/文部科学省の学校給食の調理資料)
量が増えると起きる、あと3つのズレ
水の次に効いてくるのが、この3つです。
1. 量り方の誤差が、量と一緒に大きくなる。小さじ1杯の塩でも、塩の種類によって重さが違います。精製塩なら6g、製法によっては天然塩で5g、という具合です。2人分なら気にならない差でも、スプーン何十杯ぶんになると、無視できなくなります。だから厨房では塩はスプーンではなく、はかりで重さを量るのが基本です。
2. 火を止めても、鍋はしばらく煮え続ける。大きな鍋は冷めにくく、余熱が大きくなります。文部科学省の学校給食の資料でも、煮物は8分通り(8割ほど火が通ったところ)で火を止め、余熱を使うことがすすめられています。じゃがいもなど崩れやすい具は特に注意です(煮崩れの仕組みは男爵とメークインで煮崩れが違う理由へ)。ただし冷めにくさは、衛生面では弱点にもなります。大量に作ったものを常温で置きっぱなしにせず、小分けにして速やかに冷やすなど、冷まし方はお店のルールに従ってください。
3. 具の水気で、味がぼやける。ゆでた野菜をたくさん使う和え物は、絞り方ひとつで残る水の量が変わり、その水で味が薄まります。給食の資料でも、絞り方をそろえたうえで調味の割合を決め、味つけは出す直前に行う、とされています。
| 家(2〜4人分) | 店(数十人分) | |
|---|---|---|
| 量り方 | 小さじ・大さじ | はかりで重さ(g) |
| 水の減り方 | 量のわりによく減る | 量のわりに減りにくい |
| 火を止めたあと | すぐ冷めていく | 余熱でしばらく煮え続ける |
| 煮崩れ | あまり気にならない | 具の重みと混ぜる回数で崩れやすい |
| 味つけのしかた | レシピの数字を掛け算 | 材料の重さに対する割合(%)で決める |
お店では、どうしている?
大量に作る現場では、だいたい次のような考え方で味を合わせています。細かいやり方はお店ごとに違うので、自分の店のルールを優先してください。
レシピを「割合」で持っておく。「醤油大さじ3」ではなく「材料の重さに対して塩分◯%」の形で持っておけば、何人分になっても計算し直せます。
水は、同じ倍率で入れない。減りにくいぶん、最初の水は少なめにして、足りなければ足す。足すのは簡単ですが、多すぎた水を減らすには時間がかかります。
塩は控えめに入れて、最後に合わせる。塩は足せても、引けません。最初に全量を入れきらず、仕上げに味見をして調整します(味見は小皿に取り、スプーンは使い回さないこと)。味見をくり返すと舌が慣れてわからなくなることもあるので、そのときは味見しすぎると「わからなくなる」のはなぜも参考にしてください。
まかない実験:同じレシピを「1倍」と「4倍」で煮てみる
自分の目で確かめたい人向けの、小さな実験です。結果は鍋や火力で変わるので、ここでは見るポイントだけ書いておきます。
同じ煮物(または野菜スープ)を、1倍の量を小さな鍋で、4倍の量を大きな鍋で作ります。水と塩は、どちらも同じ倍率で入れます。
見るポイントは3つです。
煮る前と後で、鍋ごとの重さがどれだけ減ったか。減った重さが、蒸発した水の量です。1倍と4倍で、量に対して何%減ったかを比べてみてください。
同じ時間煮たとき、汁の味はどちらが濃いか。
火を止めて10分置いたあと、具の固さはどう変わったか。
数字で見えると、「大きい鍋は減りにくい」が体でわかるはずです。
先輩に「そのまま10倍にしたらあかん」と言われたら
レベル1:「はい」で通す。忙しい時間なら、まずはこれで十分です。先輩の店の鍋と火で、何度も作ってきた人の言葉です。
レベル2:理由を聞く。「水を減らしたほうがいいですか?それとも塩を後から足す感じですか?」と聞くと、その店のやり方が一気にわかります。
レベル3:提案する。「次から、このレシピを塩分の割合で書き直しておいてもいいですか?」。大量調理を任されるようになったら、配合表を割合で持っておくと、人数が変わっても慌てずにすみます。
言わないほうがいい一言は、「算数的には合ってますよね?」。算数が合っているのは材料までで、鍋の中の水と時間は算数どおりに動いてくれません。
今日から変わること
「塩も10倍」は、半分は正しい。ズレていたのは、水も時間も量り方も、全部が同じ倍率で動くと思っていたところでした。
明日から大量に作るときは、塩は割合と重さで考えて、水は控えめ、味は最後に合わせる。この3つだけ覚えておけば、家の感覚を厨房でもちゃんと使えます。
- 塩は「何倍か」ではなく、重さに対する「何%か」で考える
- 大きな鍋は量のわりに水が減りにくい。水まで同じ倍率にすると薄くなりやすい
- スプーンではなく、はかりで重さを量る(誤差も量と一緒に増える)
- 塩は控えめに入れて、最後に味見して合わせる。足せても、引けない
- 余熱と煮崩れも計算に入れて、早めに火を止める
タイトル、ちょっと盛りました度
5段階中3。塩を10倍入れること自体は、大きく外れてはいません。ズレの本当の犯人は水で、塩の量が変わるのはその結果です。タイトルは、水の罪まで塩に背負わせました。



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