家では普通にやってたのに、厨房で初日に止められた。そんな経験、ありませんか?
たとえば、営業後に大鍋いっぱいのカレーやシチューが残ったとき。家で教わったとおり「熱いまま冷蔵庫に入れたらあかん」と、コンロの横に鍋ごと置いて冷めるのを待つ。冷蔵庫のことまで考えた、気の利いた行動のはずです。
ところが先輩には「鍋、そのまま置いとくな」と止められる。言われたとおりにしたのに、なんで? 実はこの家の常識、半分は正しくて、残りの半分が厨房ではかなり危ない方向に働きます。今回は食中毒の話なので、いつもより真面目にいきます。
アリ
今回の常識判定
「熱いまま冷蔵庫に入れるな。冷ましてから入れる」
冷蔵庫を守る理由は正しい。でも「常温でゆっくり冷ます」は、鍋の中の菌にとって一番うれしい時間になる。
この記事でわかること
- 「冷ましてから冷蔵庫」の、合っているところとズレているところ
- カレーやシチューの食中毒で名前が出る「ウェルシュ菌」の性質
- 厨房が「冷ます」ではなく「急いで冷やす」を選ぶ理由
常識の履歴書:「冷ましてから冷蔵庫」は、冷蔵庫を守るためのルール
まず、この常識には、ちゃんとした理由があります。
冷蔵庫に熱い鍋を入れると、中の温度が一時的に上がります。冷蔵庫メーカーも「熱いものを入れると庫内の温度が一時的に上がり、ほかの食品の鮮度に影響する。常温まで冷ましてから入れましょう」と案内しています。
つまり「熱いまま入れるな」は、冷蔵庫と、その中にあるほかの食材を守るためのルールです。牛乳や肉や作り置きを守るために、熱い鍋は外で待たせる。家庭の台所では、筋の通った考え方でした。
問題は、この常識に「鍋のほうは、外で待たせて大丈夫なのか」という視点が入っていないことです。
で、実際どうなの? ゆっくり冷める鍋の中で起きていること
カレー、シチュー、煮物。こうした料理の食中毒でよく名前が出るのが「ウェルシュ菌」です。農林水産省も、カレーやシチューを原因食品の例に挙げて注意を呼びかけています。
この菌がやっかいなのは、次の3つの性質がそろっているところです。
1. 熱に強い「芽胞(がほう)」をつくる。芽胞は、菌が殻にこもったような状態です。100℃で1時間以上加熱しても死なない芽胞があるとされていて、ぐつぐつ煮込んでも、ゼロにはならないと考えておく必要があります。
2. 酸素が苦手。たっぷり煮込んだ鍋の中は、酸素が少ない状態になりやすく、この菌にとっては居心地のいい場所です。
3. 冷めていく途中の温度で増える。増えるのはおよそ12〜50℃。いちばん増えやすいのは43〜45℃あたりです。食品安全委員会の資料では、加熱調理のあとに室温で放置すると、菌が大きく増えるとされています。
この3つを並べると、話が見えてきます。煮込んでいる間は熱で菌は増えられない。でも芽胞は生き残る。火を止めて鍋ごと置いておくと、中心がゆっくり50℃台、40℃台を通過していく。この時間が長いほど、生き残った菌が増えるチャンスになります。
食べてから症状が出るまでは6〜18時間ほど(平均10時間ほど)で、主な症状は腹痛と下痢です。発熱や嘔吐はほとんどない、と食品安全委員会の資料にあります。
(数字は、すべて公的機関の資料から)
| 数字 | 意味 |
|---|---|
| 100℃で1時間以上 | 加熱しても死なない芽胞がある(農林水産省) |
| 12〜50℃ | ウェルシュ菌が増える温度の範囲(食品安全委員会) |
| 43〜45℃ | いちばん増えやすい温度(食品安全委員会) |
| 10℃以下/65℃以上 | 調理後すぐ出さない料理を置いておく温度(厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」) |
| 30分以内に20℃付近(または60分以内に10℃付近) | 加熱した料理を冷やすときの、中心温度の目安(同マニュアル) |
「一晩寝かせる」が、お店で危なくなる理由
「カレーは翌日がおいしい」とよく言われます。家で作った鍋を翌日に食べること自体を、ここで責めるつもりはありません。ただ、同じことを厨房の量でやると、話が変わります。
理由は単純で、量が多いほど、中心が冷めるのに時間がかかるからです。家の小鍋なら比較的早く冷めますが、寸胴いっぱいのカレーは、外側が冷えても中心はなかなか冷めません。量を増やしたときに鍋の中で起きるズレは、レシピを10倍にしても、塩は10倍じゃないでも書きましたが、温度でも同じことが起きます。
食品安全委員会の資料でも、ウェルシュ菌の食中毒は飲食店、仕出し屋、旅館など大量に調理する施設で多く、1回の食中毒で患者の数が多くなりやすいとされています。お客さんの数だけ、影響も大きくなるわけです。
| 家 | 店 | |
|---|---|---|
| 量 | 小鍋。数人分 | 寸胴。数十人〜数百人分 |
| 冷め方 | 比較的早く冷める | 中心が冷めるまでに時間がかかる |
| 守りたいもの | 冷蔵庫と、中の食材 | お客さん全員の安全 |
| 基本の動き | 粗熱をとってから冷蔵庫 | 小分けして、急いで冷やす。冷やせないなら熱いまま保つ |
| 記録 | 特になし | お店によっては、冷却の時間や温度を記録する |
お店では、どうしている?
厨房の考え方は「冷めるのを待つ」ではなく、「危ない温度にいる時間を短くする」です。厚生労働省の「大量調理施設衛生管理マニュアル」では、加熱した料理を冷やすときは、30分以内に中心温度を20℃付近(または60分以内に10℃付近)まで下げるよう工夫すること、とされています。20℃はまだ菌が増える範囲ですが、いちばん増えやすい温度帯を素早く通り過ぎ、そのまま10℃以下まで下げる、という考え方です。
そのために、厨房では次のようなやり方が使われます。
- 小分けにする。深い鍋から、浅いバットや容器に移す。厚みが薄いほど中心まで早く冷える
- 容器ごと冷やす。氷水や保冷剤に当てて、外から熱を奪う
- 急速冷却機を使う。ブラストチラーと呼ばれる、加熱した料理を短時間で冷やすための業務用の機械を置いている厨房もある
- 冷やせないなら、熱いまま保つ。すぐ出さない料理は10℃以下か65℃以上で置く、というのがマニュアルの考え方。中途半端な温度で置きっぱなしにしない
小分けに使う容器やお玉は清潔なものを使い、冷やしている間に氷水や結露が料理に入らないように気をつけます。
そして、温め直すときは、底からよくかき混ぜながら、中心まで十分に加熱します。かき混ぜると熱が行き渡るだけでなく、空気が入って菌にとって居心地が悪くなる、と札幌市の資料でも紹介されています。
どのやり方を使うか、何分以内に何℃まで、何を記録するかは、お店によって決まっています。具体的な手順は、必ずお店のルールに従ってください。
じゃあ、家のカレーはどうすればいい?
家の冷蔵庫を守りたい気持ちは、そのままで大丈夫です。変えるのは「鍋ごと長時間、常温で待たせる」ところだけ。
ちなみに、広島県福山市の保健所が家庭向けに紹介している例では、加熱後30分置いて約60℃になったカレー鍋を冷蔵庫に入れても、庫内は10℃以下に保たれていたそうです。同じ資料では、鍋のまま入れると冷めるまで時間がかかるので、小分けや保冷剤を使うと効率よく冷やせる、とも書かれています。もちろん冷蔵庫の大きさや中身で結果は変わるので、自分の冷蔵庫の取扱説明書も確認してください。
- 食べきれる量を作り、できるだけその日のうちに食べる
- 残ったら、浅い容器に小分けして、早めに冷蔵庫(10℃以下)か冷凍庫へ
- 鍋ごと、ひと晩コンロの上に置きっぱなしにしない
- 温め直すときは、底からよく混ぜながら、中心まで熱くする
まかない実験:鍋のままと小分け、冷め方を比べてみる
食べ物でやる必要はありません。お湯と温度計でできます。お店でやるなら、先輩の許可をもらってからにしてください。熱湯を移すときは、やけどに気をつけてください。
- 同じ量のお湯(たとえば2リットル)を沸かす
- 片方は鍋のまま置く。もう片方は浅いバット2〜3枚に分ける
- 10分ごとに、それぞれの真ん中の温度を測ってメモする
- 余裕があれば、バットの下に氷水を当てたものも追加する
見るポイントは、「50℃を切るまでに何分かかったか」と「20℃付近まで下がるのに何分かかったか」です。マニュアルの「30分以内に20℃付近」が、鍋のままだとどれくらい遠いのか、数字で体感できるはずです。結果はぜひ、自分の目で確かめてみてください。
先輩に「鍋、そのまま置いとくな」と言われたら
レベル1:「はい」で通す。衛生の指示は、まず従うのが正解です。理由はあとで聞けます。
レベル2:理由を聞く。「冷ましてから冷蔵庫って家で習ったんですが、お店ではどう冷やすのが決まりですか?」と聞けば、そのお店の冷却の手順と、使っていい容器や場所を教えてもらえます。
レベル3:提案する。手順を覚えたら、「仕込みの量が多い日は、最初から浅いバットに分けて冷やしておきましょうか」と、段取りの側から提案できます。
言わないほうがいい一言は、「でも、ちゃんと火は通してますよ」。この記事で見てきたとおり、ウェルシュ菌の芽胞は加熱では消えきりません。火を通したかどうかではなく、そのあとの冷やし方が問われています。
煮込みの肉を焼くかどうかで先輩が割れる話は「リソレしろ」vs「絶対焼くな」の記事で書きましたが、あれは料理の狙いで答えが変わる話でした。冷やし方は好みの話ではなく、衛生のルールの話です。
今日から変わること
「熱いまま冷蔵庫に入れるな」は、冷蔵庫を守るための正しい知恵です。でも厨房の量では、守るべきものが冷蔵庫からお客さんに変わります。
だから厨房の常識は「冷ましてから」ではなく「急いで冷やしてから」。鍋ごと常温で待たせる時間を、できるだけ短くする。冷蔵庫の使い方全体については、冷蔵庫の整理術も参考にしてください。
- 「熱いまま冷蔵庫に入れるな」は、冷蔵庫とほかの食材を守るための理由としては正しい
- ウェルシュ菌の芽胞は、煮込んでも生き残ることがある
- ゆっくり冷めていく途中(およそ12〜50℃)で、生き残った菌が増える
- 厨房では、小分け・急冷で「危ない温度にいる時間」を短くする
- 温め直すときは、底から混ぜて中心まで熱く。手順はお店のルールに従う
タイトル、ちょっと盛りました度
5段階中2。一晩寝かせたカレーが、必ず食中毒になるわけではありません。ただ、「冷まし方」しだいで実際に起きている食中毒なので、タイトルの驚きは、ほぼそのまま本当です。



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