「じゃがいもは水から茹でろ」って聞いたことあるけど、根拠は? 絶対勝手に言ってるだけやろーって思っているそこのあなた! それ、その先輩が実は正しいです。
沸かしたお湯に放り込んだほうが早く終わりそうなのに、先輩はわざわざ冷たい水から火にかける。しかも理由を聞くと「昔からそうや」で終わる。言葉が足りないだけで、中身はちゃんと理にかなっています。先に答えを言うと、外と中の火の通りの差を小さくするためです。
ただし、もうひとつ厨房でよく混ざっている話があります。「茹で湯に塩を入れると身が締まって崩れにくい」というもの。こっちは、少なくとも崩れにくさについては根拠が見当たりません。今回は、先輩の一言を正しく翻訳しつつ、塩の誤解もほどいていきます。
現役
今回の常識判定
「じゃがいもは水から茹でろ」
丸ごと・大きめに切ったものなら今でも正解。ただし崩れにくさを決めるのは塩ではなく、温度の上げ方と酸。
・じゃがいもを水から茹でる本当の理由(外と中の「時差」)
・60℃あたりをゆっくり通ると、じゃがいもが締まる仕組み
・崩れにくさに効くのは塩ではなく、温度と酸
・お湯から入れてもいい条件と、先輩への上手な聞き方
常識の履歴書:「芋は水から」はどこから来た?
根菜やいもは水から、青菜はお湯から。この使い分けは、自治体の調理資料にも出てくる、ごく基本的な手順です。たとえば福井県鯖江市の離乳食向けの資料でも、じゃがいもや大根、かぼちゃは水からゆでる側に、小松菜やほうれん草はお湯からゆでる側に分けられています。
温度計も、タイマーも、スチコン(スチームコンベクションオーブン)もない時代から、料理人は「これはこう茹でると失敗しにくい」を体で覚えて受け継いできました。理屈を一から説明するより、短い掟にしたほうが若い衆にも伝わる。「芋は水から」は、そうやって磨かれてきた経験則です。当時の料理人は、測る道具がなくても結果で正解を知っていた、ということです。
先輩の一言:「芋は水からや。お湯に入れたら外が崩れるやろ」
翻訳すると:「じゃがいもは熱が中まで届くのに時間がかかる。沸騰したお湯に入れると、外側だけ先に火が入りすぎて崩れ、中はまだ硬い。水から少しずつ温度を上げれば、外と中の差が小さくなって、形を保ったまま中まで火が通る」
で、実際どうなの? 外と中の「時差」問題
じゃがいもは水分とデンプンが詰まった塊で、熱は表面から中心へ少しずつしか進みません。沸騰したお湯に入れると、表面はいきなり100℃近くまで上がるのに、中心はまだ冷たいまま。中心がやわらかくなるのを待っている間に、表面はどんどん煮え進みます。
なお、芽や緑色になった皮は、茹でる前に厚めに取り除いておきます(理由はじゃがいもの芽と緑の皮はなぜ危険なのかで)。
じゃがいもの細胞どうしは、ペクチンという「のり」のような成分でくっついています。煮えすぎた表面ではこののりがゆるみ、細胞がはがれ落ちる。これが「外が崩れて中が硬い」の正体です。お湯から入れたじゃがいもが崩れるのは、外と中の火の通りに「時差」があるからです。
水から火にかけると、まわりの水と一緒にじゃがいもの表面もゆっくり温まるので、お湯から入れるより外と中の温度差が小さいまま加熱が進みます。品種による崩れやすさの差(男爵とメークイン)やペクチンの基本は、男爵とメークインで煮崩れが違う理由で詳しく書いているので、そちらへどうぞ。
60℃の寄り道で、じゃがいもは「締まる」
水から茹でることには、もうひとつ得があります。ゆっくり温度が上がるぶん、60℃前後の温度帯を通る時間が長くなることです。
じゃがいもの中には、ペクチンの形を変える酵素(ペクチンメチルエステラーゼ、略してPME)があります。この酵素は60℃くらいではしばらく働き続け、ペクチンを「煮ても溶けにくい形」に変えていきます。オランダの研究では、じゃがいもを本加熱の前に60℃で温めておく(予備加熱)時間を長くするほど、茹でたあとの組織が硬く、つぶれにくくなりました。一方で78℃・10分の加熱では、この酵素はほぼ働かなくなっていました。
つまり沸騰したお湯にいきなり入れると、この「締まる時間」を飛ばしてしまう。水から茹でる手順は、知らず知らずのうちに、この酵素に働く時間を渡していたわけです。ただし、ふつうに水から沸かす場合に60℃前後を通るのは研究の条件よりずっと短いので、効果は「少し上乗せされる」くらいに考えておくのが正直なところです。
ペクチンは、細胞と細胞の間をつなぐ「のり」です。中性に近いお湯で長く煮ると、このペクチンが分解されて溶け出し、細胞がばらばらになります。
60℃前後では、PMEという酵素がペクチンの一部を作り変えます。作り変えられたペクチンは分解されにくく、カルシウムともつながりやすくなるため、そのあと煮ても崩れにくくなります。
ただし、もとの品種の性質(デンプンの多さ)までは変えられません。男爵は基本的にメークインより崩れやすい、という前提は残ります。
硬さを決めているのは、塩じゃない
さて、塩の話です。「塩を入れて茹でると身が締まる」と思っている人は少なくありません。でも、少なくとも煮崩れについては、塩に締める力はほとんど期待できません。
野菜の煮崩れを調べた研究では、ゴボウを2%の食塩水で煮ると、塩なしの水で煮たときより早くやわらかくなったという結果があります(2%は、ふだんの茹で塩よりやや濃いめの条件です)。じゃがいもの細胞壁を想定した実験でも、塩類はペクチンの分解を早める方向に働いたと報告されています。塩は「締める」どころか、どちらかといえば「ほどく」側にいる、と考えたほうが実態に近いです。
では何が効くのか。答えのひとつが酸です。じゃがいもやにんじん、大根などをいろいろなpHの液で98℃加熱した研究では、pH4前後(弱い酸性)で最もやわらかくなりにくく、中性に近づくほど軟化が進みました。れんこんを酢水で煮るとシャキッと残るのも、同じ理屈です。
じゃあ茹で湯の塩は無意味かというと、そうではありません。茹で湯の塩の役目は、硬さではなく「下味」。ここを分けて考えるだけで、先輩の言うことと自分のやることがすっきり整理できます。
60℃の予備加熱で硬くなる:van Dijk ほか(2002)「Texture of cooked potatoes (Solanum tuberosum). 3. Preheating and the consequences for the texture of cooked potatoes」Journal of Agricultural and Food Chemistry 50(18)
pH4前後で最も軟化しにくい:渕上倫子(1983)「野菜の軟化に及ぼす加熱時のpHの影響」日本栄養・食糧学会誌 36(4)
食塩水で煮ると軟化が早まった例:田村咲江(1989)「野菜の煮熟軟化の機構について(第2報)」日本家政学会誌 40(11)
塩類がペクチンの分解を早める:Keijbets ほか(1976)「Model studies on behaviour of pectic substances in the potato cell wall during boiling」Potato Research 19
じゃがいもは水から、青菜は湯から:鯖江市「野菜の調理」(離乳食向け資料)
お店では、どうしている?
基本は先輩の言うとおり、丸ごとや大きめに切ったじゃがいもは水から。沸騰したら火を弱めて、ぐらぐら煮立たせないのが定番です。強火で踊らせると、せっかく外と中の差を小さくしても、表面同士がぶつかって角から崩れていきます。
一方で、薄切りや小さめの角切りなら、お湯から入れても困らない場面があります。小さければ熱が中心まで届くのが早く、外と中の時差がほとんど生まれないからです。付け合わせを急いで用意する、炒め物の下茹でをする、といったときに「全部水から」にこだわる必要はありません。
形をしっかり残したい煮物やサラダでは、60℃前後で一度温めてから本加熱する、という手もあります。スチコンや湯煎で温度を管理できる店なら試しやすい方法です。温めたら間を空けずに本加熱へ進み、ぬるい状態で置きっぱなしにしないことが前提です。ただ、どこまで手間をかけるかは料理と店の流儀次第。まずは自分の店のやり方に合わせましょう。
まかない実験:本当に崩れ方は変わる?
同じ品種のじゃがいもを、同じ大きさ(3〜4cm角くらい)に切って、次の4つで茹で比べてみてください。
A:水から火にかけ、沸騰したら弱火
B:沸騰したお湯に入れて、そのまま茹でる
C:Aと同じ手順で、水に酢を少し入れる
D:Aと同じ手順で、水に塩を入れる
見るポイントは、竹串がスッと通った時点での「角の欠け方」「ゆで汁のにごり」「切ったときの中心と外側の食感の差」の3つです。Cは酸味が少し残るので、ポテサラのように酢を使う料理に回すと無駄になりません。茹でた芋を長く常温に置かず、冷まし方や保存は店のルールに従ってください。ポテサラの酢のタイミングはポテサラの酢を熱いうちに入れる先輩は正解で書いています。結果は品種や鮮度で変わるので、ぜひ自分の店のじゃがいもで確かめてください。
先輩に「芋は水から」と言われたら
レベル1:「はい」で通す。先輩の手順は正しいので、まずはそのままやってみるのが一番の近道です。
レベル2:理由を聞く。「外と中の火の通りをそろえるためですか?」と、自分なりの仮説を添えて聞くと、先輩も話しやすくなります。
レベル3:提案する。急ぎの場面で「これは小さく切るので、お湯からでもいいですか?」と条件つきで聞く。手順の意味を分かったうえでの相談なら、先輩も判断しやすいはずです。
言わないほうがいい一言は「お湯からのほうが早くないですか?」。早さだけを理由にすると、先輩が守ってきた「崩さない」という目的を無視しているように聞こえてしまいます。
今日から変わること
「芋は水から」は、外と中の時差を縮め、60℃あたりでじゃがいもを締める、よくできた手順でした。そして崩れにくさを決めているのは、塩ではなく、温度の上げ方と酸。塩は味のために入れる、と分けて覚えておけば十分です。
先輩の短い一言の裏には、たいてい何十年分の失敗と工夫が詰まっています。理由が分かると、同じ作業でも手の動きが少し変わってくるはずです。
□ 丸ごと・大きめのじゃがいもは水から。沸騰したら弱火
□ お湯から入れると、外と中の「時差」で外側が崩れやすい
□ 60℃前後をゆっくり通ると、酵素の働きでじゃがいもが締まる
□ 茹で湯の塩は下味のため。崩れにくさには期待しない
□ 崩したくないときは、弱い酸性(酢)が味方になる
□ 薄切り・小さめなら、お湯からでも困らない
タイトル、ちょっと盛りました度
5段階中2。先輩が正しいのは本当。ただ「塩じゃない」は、塩が煮崩れを防ぐ根拠はない、という意味で、塩が硬さにまったく関係ないとまでは言い切れません。



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